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王からあてがわれた客室は、豪華な調度品に囲まれた静かな空間だった。だが、そこに落ち着く間もなく、ケンジは王が付けてくれた案内役の事務官を呼び出していた。
「軍務局所属のハンスと申します。陛下からは、ケンジ様の要望は王命に等しいと承っております。何なりとお申し付けください」
「よろしく頼む。私はケンジです。こちらはリィザ」
ハンスはまだ若いが、実直そうな男だった。ケンジは彼を執務机に招くと、淀みなく指示を出す。
「まず、ヒアリング対象のリストアップを。ガレリア帝国の商人と取引のある物流ギルドの長、それから隣国の土壌環境に詳しい農学博士、最後に……レムリア王国の過去五十年の戦歴を把握している戦史編纂官だ。明日の午前中までに手配してほしい」
「物流に農学に戦史……。分かりました、至急手配いたします」
ハンスが頷くのを確認し、ケンジは隣で少し顔色の悪いリィザを振り返った。
「ハンス、もう一つ。リィザの魔力回復したいんだ。魔力回復ポーションを用意してくれないか」
「魔力回復ポーションですね、承知いたしました。……あの、ケンジ殿、そちらの山のような資料は……?」
ハンスが指差したのは、図書室から運び込まれた膨大な数の書籍や公文書だった。歴史、経済、地質、果ては隣国の王族の系譜まで、百冊は下らない。
「初日のうちに、この国の『状況』をすべて頭に入れておく必要がある。ハンス、これらは明日の朝には返却するので、次の資料の準備を頼む」
「……えっ? あ、明日……? まさか、一日でこれらすべてを読まれるのですか?」
ハンスが目を剥く。普通の人間なら、目を通すだけでも一ヶ月はかかる分量だ。
「まあね」
ケンジはこともなげに答える。
ハンスが慌ただしく退室した後、ケンジはリィザにポーションを差し出した。
「リィザ。まずはこれを飲んで休んでろ。……明日からは、君の魔力を限界まで絞り出すことになる。寝ている間はノアが使えなくなるからな。俺も少し休むよ」
「……ありがとう、ケンジ。なんだか、凄まじいことになりそうね」
リィザがポーションを口にし、深い眠りにつくのを見届けてから、ケンジは街で聞き込みを開始した。
ノアの助けが無いので自分なりに考えて必要と思われる内容をメモ書きしていく。
(レムリアと争っている農地は、ガレリアを組むための『ネタ』になる。ガレリアには食糧を輸出することで停戦ではなく、一気に同盟まで持ち込むつもりだ)
そのためには、農地をレムリアに渡すわけにはいかない。
レムリアとは徹底して戦い、ガレリアとは手を組む。
2つの争いを、1つへと統合する計算。
街から戻るとリィザを起こし、読書タイムだ。
ノアの助けがあるとはいえこの量は骨が折れる。
聞き込みの共有と今後の進め方を2人とノアで話し合っていると夜が明けてくる。
一通り終わったところで仮眠をとることにした。
翌朝、ハンスが部屋を訪れた時、そこには一冊残らず読破され、綺麗に整頓された本の山と居眠りしているケンジの姿があった。
「……お、おはようございます、ケンジ様。……本当に、全部終わっている……」
「ああ、ハンス。おはよう。手配したメンバーを順次呼んでくれ。ヒアリングを始めようか」




