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王宮を後にしたケンジとリィザは、慣れない王都の地図を片手に、監査官の馬車を適度な距離で追っていた。
「ケンジ、あっちの高級そうな店に入っていったわよ。……『双月亭』? 門番がいて近づけそうにないわ」
「ああ、踏み込むわけじゃないから大丈夫さ」
ケンジは料亭の裏手に回った。そこには厨房へ出入りする業者の荷台が並んでいる。彼はリィザに目配せし、換気用の小さな高窓の下へ向かった。
(マスター。対象の個室を特定。周囲の雑音を除去し、窓ガラスの微細な振動から音声を復元します。……解析開始)
「相変わらずノアはえぐいな……」
リィザが周囲を警戒する中、ケンジは壁に寄りかかり、ノアが再構築した会話を脳内で再生する。
『……急に呼び出されるとはカレンベルクの使者がどうかしたのですか?』
『フン、ただの田舎者だが妙に鼻が利くようでな。明日の陛下への報告書は、すでに物流ギルドの裏帳簿と整合性を合わせてある』
『「あのお方」の裁下で動いている限り、あんな若造の言葉など誰も信じないでしょう。……それで、本物の原簿はどうしましょう?』
『今夜中に軍務局の「特別管理書庫」の奥へ移す。あそこは公式な許可証がなければ、立ち入れぬ聖域。あそこに隠せば、物理的な証拠はこの世から消えたも同然だ』
「……なるほど。『特別管理書庫』か。確かに、来たばかりの俺が手出しできる場所じゃないな」
「ケンジ、何か聞こえたの?」
「ああ。奴らの『隠し場所』だ。今夜、証拠を王宮内の安全な書庫へ移すつもりらしい」
リィザが不安げに眉をひそめる。
「……それ、盗みに行くの? 王宮に忍び込むなんて、それこそ犯罪者になっちゃうわよ」
「いや、そんな野蛮な真似はしない」
「奴らは『誰にも見られない場所』に隠したつもりだろうが、そこは皮肉にも、陛下が命じれば即座に開示義務が生じる公式な場所だ。……明日、奴らが『証拠はどこにもない』と嘘を吐いた瞬間に、場所を言い当ててやる」
ケンジは不敵に微笑んだ。
「……つまり、自分たちで証拠を『一番確実な場所』に用意してくれたってこと?」
「その通りだ。こちらが盗むリスクを冒さずとも、陛下の手で引きずり出してもらえばいい。奴らの慎重さが仇になる」
ケンジは満足げに頷くと、近くの屋台で売っていた糖分たっぷりの揚げ菓子を一つ買い、リィザに差し出した。
「……ケンジのやり方ってえぐいわね。でも、楽しみになってきたわ!」
(マスター。私もリィザ様の意見に同意です)
二人は夜の王都を抜け、明日の「審判」に向けて静かに英気を養った。




