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翌朝。ケンジとリィザは再び軍務局の分室を訪れた。
昨日の今日で山積みの書類を完璧に片付けた二人は、若手官僚たちから英雄のような歓迎を受ける。
「ケンジさん、リィザさん! おはようございます。いやあ、昨日は本当に助かりましたよ」
ケンジは笑顔で応えつつ、ジャケットの懐からカレンベルクの正式な報告書を取り出した。
「お礼なら、この報告書の内容を通していただければ十分です。使者として、カレンベルクの状況をご報告に上がりました」
若手官僚が報告書を受け取り、目を通す。その目が次第に大きく見開かれていった。
「な、なんだと……!? カレンベルクが……魔族と停戦!?」
分室が騒然となる。信じられないという表情で若手官僚がケンジを見る。
「本当なのか!? あの魔族の領地と隣接する、最も危険な防衛線が……」
「ええ。正確には、我がカレンベルクの騎士団と、魔族側が相互にメリットを見出した結果、戦闘の必要がなくなったのです。これがその詳細な資料です」
ケンジが淡々と説明すると、周囲の若手官僚たちは歓声を上げた。
「凄いじゃないか! 多くの命が救われるし、軍事費も減る!」
「逆に魔族との交易で栄えるかもしれないな!」
分室が希望に満ちた空気に包まれる中、ただ一人、部屋の隅で渋い顔をしている男がいた。
肥え太った体躯に豪華な刺繍が施されたジャケット。軍務局の監査官だ。
「……ふん。カレンベルクの田舎者が、何を勝手に決めている」
監査官は忌々しげに呟き、ケンジを睨みつけた。
「魔族は話の通じない殺戮者だ。停戦など、隙を突くための騙し討ちに決まっている。……お前たち、その報告書は破棄しろ。カレンベルクは魔族に魂を売った。そう報告し直す」
部屋の空気が一瞬で凍りつく。監査官の目を真っ直ぐに見返した。
「それは監査官殿の個人の見解ですか? それとも軍務局の正式な方針でしょうか。私は、カレンベルクの公式な報告を、正しい手続きで伝えに来ただけです」
「黙れ! 報告書の不備を突くことも監査官の職務だ。カレンベルクの徴収税額と戦費支出のバランスがおかしいと、以前から目をつけていたのだ」
監査官は恫喝するように言った。だが、ケンジはその言葉の矛盾を逃さなかった。
「そうですか。ではその監査記録のデータと、私が昨日整理した、貴殿が許可を出した『特定の物流ギルド』への過剰支出のデータ……照合してみましょうか?」
その言葉に、監査官が目に見えて動揺した。
「……貴様、なぜそれを」
「書類を見ればどこに不自然な金流があるかは一目瞭然です。カレンベルクの停戦が都合悪いのは、魔族との戦争という口実で、膨大な戦費をそのギルドに横流ししていたからでは?」
ケンジの冷徹な指摘に、若手官僚たちも監査官に疑念の視線を向け始める。
監査官は悔しげに顔を歪めると、手に持っていた報告書を机に叩きつけた。
「……ふん。つまらん言いがかりだ。まあいい。勝手にしろ! 陛下への報告の場で、その浅知恵が通用するか見ものだな!」
捨て台詞を残して監査官が部屋を出て行く。
ケンジはほっと一息つき、リィザに視線を向けた。
「リィザ。まずは第一段階クリアだ」
「ええ。でも、あの監査官、諦めない気がする……」
リィザの心配そうな顔をよそに、ケンジは冷徹な目を監査官の出て行ったドアに向けていた。




