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村での滞在一日目。 俺は朝から村の中を歩き回り、出会う人すべてを捕まえては言葉を教えてもらうことに費やした。事務員時代、新しいプロジェクトが立ち上がるたびに分厚い仕様書を読み込んできた集中力が、ここでは異世界の言語習得という形で発揮されていた。


『……逐次、データベースを更新中。ですがマスター、村人たちが「あいつはいつまで聞いてくるんだ」と露骨に困惑しています。』


「構うな。情報がないのが一番の命取りだ」


覚えたての単語を組み合わせて、目に入るものすべてを質問攻めにしていった。夕方になる頃には、村人たちは俺の姿を見かけるなり「また来たぞ……」という顔でそそくさと家へ逃げ込むようになってしまった。だが、その甲斐あってノアには、膨大なデータが蓄積されていた。


その日の夜。 俺は宿舎のテラスで、一心不乱に大きな砥石で剣を研いでいるリィザに声をかけた。


「リィザ。……少し、聞きたい」


「ケンジ……? 驚いたな、もうそんなに喋れるのか。いいだろう、何だ?」


「昼間見た、指から出る火。……あれ、何?」


俺がそう尋ねると、リィザは「魔法マナだ」と答えた。ほとんどの者が火を起こしたり明かりを灯したりできるという。「……リィザも、使える?」という問いに、彼女は剣を床に落とし、バツが悪そうに笑って逞しい腕を叩いた。


「私はダメだ。教官には『マナの流れを感じろ』とか『門を叩け』とか言われたが、さっぱり分からん。だいたい、そんな面倒なことを考えるより、剣で叩き切った方が早いだろ?」


快活に笑う彼女だが、ふと夜空を見上げた横顔に、少しだけ寂しさが混じった。「……まあ、もし私が魔法を使えていたら、今とは違った未来もあったんだろうけどな。才能がないものは仕方ない。私は、これ(剣)しか持てんのだ」


しんみりした空気が流れるかと思ったが、彼女はすぐに武器の手入れを再開した。(……リィザは思っていたより脳筋タイプなのかもしれないな)感覚を重視しすぎて袋小路に迷い込んでいる。その潔すぎる不器用さに、俺は少し親近感を覚えた。


二日目。俺は集会所の「本」を読み漁った。


(……ノア、この魔導書を解析して魔法を使えないか?)


『……試行します。ですが致命的に「変数」が不足しています。現時点では、記述通りに再現するのが限界です。』


俺は外へ出て村人を捕まえ、根掘り葉掘り聞き出した。「火を出すとき、お腹はどうなる?」「土を動かすとき、足の裏に何を感じる?」 村人たちは俺を避けるようになったが、無理やり聞き出した。彼らの「クッとなる」という感覚。それをノアが**「出力時の生体信号」**としてデータ化し、俺の魔力回路にフィードバックしていく。


(……よし。カウント、3、2、1……。)


「……灯れ(フィア)」


ボッ!!


指先からバレーボールほどの火球が飛び出し、岩を砕いた。だが直後、視界が歪み、脳を鷲掴みにされるような激痛に襲われて俺は崩れ落ちた。


……どれくらい経っただろうか。


『……マスター、意識が戻りましたか。1時間ほど喪失していました。「魔力欠乏症」です。原因を特定。マスターの知性の高さと全魔力を使ってしまったためです。高性能PCで無理な処理を行い、一瞬でオーバーヒートした状態と言えます。』


「……。ふつうの人間は、どうしてるんだ?」


『この世界の住人は、幼少期から遊び感覚で少しずつ魔力を流すことで、無意識に調整弁を形成しています。大人になってから突然フルスペックの回路を回したマスターには、その「加減」がありません。』


実戦でこれ(ガス欠)をやれば、100%死ぬ。俺はふらつく足で立ち上がり、集会所の裏で練習を始めた。 ロウソクの火を灯すイメージ、指先だけを温める感覚。ノアにアドバイスをもらいながら、何度も、何度も出力を絞る練習を繰り返した。


その夜。俺は暗い部屋の中で、ノアと共に対策を練っていた。ザグ(ゴブリン)は嗅覚が鋭く、未知の現象に弱い。リィザが斬り込むタイミングに合わせ、俺が「10%の出力」で視覚と嗅覚を封じる。失敗は許されない。勝利への工程表を組み立てていった。


三日目の朝。門の前で、俺は出発しようとするリィザを呼び止めた。


「……リィザ。俺も、行く」


リィザは驚いた様子だったが、まっすぐとこちらを見ながら首を振った。 「ダメだ、ケンジ。死なせたくないんだ」


「……。俺、助けになる」


俺は地面の石に指を向け、練習した通りに出力を抑えて「固まれ(ロド)」と唱えた。土が盛り上がり、石を固める。さらに反対の手で、小さな火を灯してみせた。


「火も、土も、使える。……。俺が、リィザの足りないものを補う」


二系統の魔法を見せられたリィザは、口を半開きにして呆然と立ち尽くした。 「一晩で……二つの属性を? ケンジ、本当に驚かされることばかりだ」


彼女はやがて、負けたと言わんばかりに深く溜息をつき、不敵に笑った。 「……分かった。ケンジ。お前のその頭脳、信じてみよう。その代わり、私がお前を死なせない」


「……行こう。」


こうして、魔法に出会ったばかりの男と不器用な騎士の反撃が始まった。

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