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カレンベルクの正門前には、朝早くから大勢の町の人々が集まっていた。かつては魔族の影に怯えていたこの場所が、今は二人を見送るための、希望に満ちた広場に変わっている。
リィザが振り返ると、彼女の両親が立っていた。カレンベルクを代々守ってきた騎士の家系である父 バルトは、厳格な表情を崩さなかったが、その手には重厚な木箱が握られていた。
「リィザ。王国の未来を左右する使者の護衛として、これを持っていけ」
差し出されたのは、白銀の長剣だった。
「父上……これは、家の家宝の……」
「相応しい場所で振るわれるべきだ。……生きて戻れよ」
「身体だけは大切にするのよ」
母がリィザを抱きしめる。リィザは瞳を潤ませながらも、強く頷き、その剣を腰に帯びた。
一方、ケンジはエリックと握手を交わす。
「ケンジ殿、これが父上より託された『カレンベルク正使』の親書と、王都での活動を保証する通行証だ」
エリックが手渡したのは、重厚な封蝋がなされた一束の書類だった。
「最初は正直いけ好かないやつだと思っていたが、今は別れが惜しい。……君なら、あの伏魔殿のような王都でもうまくやると信じている。魔族の対応は私に任せろ」
「ありがとうございます、エリック殿。よろしくお願いします。」
ケンジが馬車に乗り込もうとすると、町の人々から地響きのような歓声が上がった。
「英雄ケンジ!」「カレンベルクを頼んだぞ!」「リィザ様、お気をつけて!」
かつて、ただの「リストラ」された男が、今は英雄として見送られている。ケンジは少し気恥ずかしそうに、だが真っ直ぐに前を向いた。
(マスター。リィザ様からの魔力供給、および脳内演算領域の接続を確認。――『エッジコンピューティング・モード』、安定稼働に入ります)
馬車が動き出す。脳の奥がわずかに熱くなる感覚とともに、ノアの声がかつてないほど鮮明に響いた。
「ノア、性能はどうだ?」
(応答速度、魔族領内と比較して九九%を維持。遅延は検知されません。……成功です)
「そうか。……なら、安心だな」
安堵したケンジだったが、ノアの次の言葉に息を呑んだ。
(……ですが、情報の漏洩も想定通りです。マスター、今、リィザ様の両親に対して『素敵な家族だな』という温かい感情と、同時に『リィザを必ず守らなければならない』という強い義務感が混ざり合って、私の中に流れ込んできています)
「なっ……!」
(……マスターの感情データは、非常に『人間味』に溢れていて興味深いです)
新しい剣を大切そうに撫でていたリィザが不思議そうに覗き込んでくる。
「ケンジ、どうしたんだ。やっぱり脳の負担が……」
「……いや、糖分が足りないだけだ」
ケンジは慌ててハチミツ漬けの菓子を口に放り込んだ。
英雄としての歓声を背に、馬車は王都へと続く街道を進む。




