5.5
ケンジがハンスたちの「精神改革」と、エリックへの「筋肉の洗礼」に奔走している間、リィザもまた、一刻も無駄にはしていなかった。
「腰が高いわ! それじゃあ受け流せない。膝に余裕を持たせて!」
カレンベルク騎士団の訓練場。そこには、幼い頃から見知った兵士たちに稽古をつけるリィザの姿があった。
彼女は単に剣を振るうだけでなく、ケンジから学んだ知識を彼女なりの言葉で伝えていた。
「いい? 鍛錬と同じくらい大切なのは食事よ。ただ腹を満たすだけじゃなくて、良質な肉と野菜で体を『作り替える』の。それから、呼吸を意識して……」
リィザはケンジの「滋養強壮」の理論に、自身の「魔力による身体強化」のコツを組み合わせて教えていた。
「魔力を力任せにぶつけるんじゃなくて、血管の一つひとつに流すイメージ。そう、そこで一気に踏み込む!」
リィザの指導は的確だった。彼女の助言通りに呼吸を整えた兵士の一人が、木人を一撃で叩き折る。
「……できた! 今、体が羽みたいに軽くなったぞ!」
驚喜する兵士たち。一部の才能ある者が「身体強化」の端緒を掴んだことで、カレンベルク全体の防衛力は、以前とは比較にならないほど底上げされていた。
訓練を終え、実家の広間で夕食を囲む。
父バルトと兄エリックが訓練場での「筋肉の革命」について熱く語り合う横で、母がリィザの皿にそっと肉をに取り分けた。
「リィザ、明日はお休みでしょう? ずっと根を詰めすぎよ」
「お母様、ありがとう。でも、今はまだやることが……」
「いいから。……ところで、リィザ」
母の目が、少しだけ悪戯っぽく細められた。
「ケンジさんとは、その……上手くいっているの? 傍目には、仲間にしか見えないけれど。付き合っているの?」
「なっ、げほっ……!」
スープを吹き出しそうになり、リィザの顔が瞬時に林檎のように赤くなる。
「ち、違うわ! 彼は私の……その、命の恩人というか、相棒で……あ、いや、私が守ってあげているというか……」
しどろもどろになる娘を見て、母は穏やかに笑い、その手を握った。
「あんなに理屈っぽいお人だもの。待っているだけじゃだめよ。相手に合わせて『隣を歩く権利』を主張してみなさい」
「隣を、歩く権利……」
翌日。カレンベルクの街は、復興の活気と冬支度の賑わいに包まれていた。
正門前の時計塔の下、リィザはいつもの鎧を脱ぎ、動きやすいが可愛らしい街着に身を包んで立っていた。
「……遅いな」
少し膨れたリィザの前に、いつも通りの無表情で、しかしどこか落ち着かない様子でケンジが現れた。
「待たせたか、リィザ。引継ぎの書類を整理していたら、ノアから『予定時刻の五分前だ』と急かされてな」
リィザは少し勇気を出して、ケンジの袖を軽く引いた。
「今日はデートなんだから。美味しいお店を見つけたの」
ケンジは一瞬、驚いた顔を顔をしたが、リィザの少し潤んだ瞳を見て、溜息混じりに答える。
「……了解した。案内してくれ」
「ふふ、何よそれ! 行くわよ!」
カレンベルクを去る前の、束の間の休息。
二人の影が午後の光の中に伸びていった。




