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市場の一角に設けられた特設の訓練場には、熱気と時折響く短い呼気に満ちていた。
以前魔族への憎しみを喚き散らしていた者たちが集まり、巨大な丸太を肩に担ぎ、ゆっくりと腰を落としていた。額からは滝のような汗が流れ、泥にまみれた筋肉が、悲鳴を上げるように小刻みに震えている。
「……九十八、九十九、百! よし、落とせ!」
バルガスの号令とともに、数本の丸太が地面を叩き、地響きを立てた。若者たちはその場に崩れ落ちるが、その表情に昨日のような陰鬱さはない。ただ、極限まで追い込まれた肉体が発する熱気と、全力を出し切った者特有の虚脱感があるだけだ。
「これを飲め。しっかり噛んで味わって食えよ」
ケンジが差し出したのは魔族の国で作ったエナドリと山盛りの温野菜と肉だった。ハンスは震える手でそれを受け取り、一気に煽る。
「……あぁ。……俺、今、生きてる感じがする……」
ハンスの呟きは漏れ出た本音だった。余計なことを考える余裕などない。ただ、体を補修し、栄養を摂り、泥のように眠る。その単純な反復が、彼の脳から「魔族への恨み」を反芻する回路を物理的に遮断していた。
「……ケンジ。貴様、一体何をさせている」
背後から低く、冷ややかな声がした。エリックだった。
不快そうに場を睨みつけていた。
「鍛錬ですよ、エリック殿」
「ふん、ただの民をいたずらに追い込んで何になる。これでは拷問ではないか」
「……ハンス、こっちへ」
ケンジに呼ばれ、ハンスがふらつきながらも立ち上がった。その顔は、喜びに満ちている。
エリックは言いかけ、言葉を止めた。
ハンスの太い腕と、その奥にある「何も恐れていない目」を凝視した。
もはやハンスの目に魔族への恨みはない。
ただ、次の「一回」をやり抜くことだけに集中している、そんな目だった。
「……貴様。明日もここで、これを行うのか」
エリックの問いに、ハンスは淡々と答えた。
「ええ。己に勝てるまで続けるつもりです」
エリックは剣の柄を握り締め、激しい好奇心に身を震わせた。
泥まみれの民たちがケンジの成果を雄弁に物語っていた。




