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魔王との停戦合意から三ヶ月。
人間領の辺境都市カレンベルクと、魔族領を隔てるカザド山脈の麓には、奇妙な「村」が出現していた。
通称「出島」。
そこは街道沿いに頑丈な石壁と柵で区切られた、暫定的な交易区だ。防衛と交流を両立させるために設けた、いわば「平和の実験場」である。
「――はい、検品終了。ゴロフさん、今日の分も品質は完璧ですよ」
出島中央の管理棟。ケンジが書類に素早くサインを書き込むと、窓口の向こうで肌の青い巨漢の商人、ゴロフが牙を見せて笑った。
「助かるぜ、ケンジ! あんたの検品は厳しいが、その分、街の連中も俺たちの品を安心して買ってくれるからな」
「信用こそが最大の資産ですから。はい、これが本日の小麦の引換券です。それと……頼んでいた『エナドリ』の原料の薬草、質が上がりましたね?」
「ああ! 魔素が戻ったおかげで、山の薬草が元気すぎて困るくらいだ。おかげで俺たちの腹も膨れる。じゃあな、ケンジ!」
ゴロフは軽快な足取りで、人間側から支給される食料の保管庫へと向かっていった。かつては互いに殺し合った種族が、今では「ケンジ」「ゴロフ」と名前を呼び合い、商談をしている。不思議なものだと苦笑してしまう、
出島の広場では、さらに騒がしい光景が広がっていた。
「おいおい! その樽、一人で担ぐのは無理があるだろ。半分持ってやるよ!」
声を上げたのは、警備と荷運びの仲介を兼ねて出島に詰めている冒険者、バルガスだ。
「フン、余計なお世話だ、バルガス! 俺たち魔族の腕力を見くびるなよ」
「ははっ、口が減らねえな! ほら、せーの!」
バルガスと魔族の男が、巨大な木樽を笑いながら荷馬車へ放り込む。ケンジのおかげで育った「筋肉」は、今や魔族との共同作業で遺憾なく発揮されていた。
そんな喧騒を、少し離れた位置でリィザが静かに見守っている。彼女の腰に剣はあるが、その手はいつでも引き抜けるようには構えられていない。
「……リィザ。出島側の警備状況はどうだ?」
ケンジが管理棟から出てきて声をかける。リィザは柔らかく微笑んだ。
「ええ、極めて良好よ。バルガスたちが魔族と仲良くなりすぎているくらい。……でも、不思議ね。あんなに恐ろしかったはずの彼らが、今はただの『騒がしい商売相手』に見えるわ」
「同じ言葉を話す者同士だからな。共通の利益と、少しの美味しいものがあれば、受け入れられるさ。……ただ、そうでないものも多いだろうけどな」
長い争いで愛する家族を失った者たちも多い。停戦しない方が良いということはないが、これで解決とも思っていない。
ケンジの視線の先では、出島から運ばれてくる魔族領の香辛料を待ちわびるカレンベルクの住民たちが、柵の向こうで行列を作っていた。
スパイスによる「食の革命」は、住民たちの魔族に対する恐怖を、徐々に書き換えていた。
「さて、リィザ。明日来るお前の家族にもしっかり見てもらおう」
ケンジの言葉に、リィザの表情がわずかに強張る。
平和の拠点「出島」。ここでの成果が、リィザの過去を清算するための大きな鍵になろうとしていた。




