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静寂が謁見の間を支配していた。
「魔素の急激な現象」に晒され、魔族たちが喘ぐ中、魔王がゆっくりと玉座から立ち上がった。張り詰めた空気が爆発しそうなほどの緊張感に包まれる。
「……魔素の消費を止めよ。交渉相手に死なれては困るのは、その方も同じであろう?」
魔王の鋭い指摘に、ケンジは内心で冷や汗をかきながらも、不敵な笑みを崩さなかった。
(ノア、演算停止。省エネモードに移行だ)
『了解。……演算終了。魔素消費率、通常値へ復帰します』
一瞬にして、凍りついていた魔素が流れ出した。バロムたちが大きく息を吐き、床に手をつく。魔王はそのまま、毅然とした態度でケンジを見据えた。
「今回のバロムの独断、王として謝罪しよう。貴重な外交窓口を失うところであった。信じてもらえぬかもしれぬが我が命ではない」
「陛下!? 王たるあなたが人間に謝罪など……!」
バロムが驚愕して声を上げるが、即座にゼノスがその肩を強く掴み、低く鋭い声でたしなめた。
「黙れ、バロム。……この事態を招いたのは誰のせいだと思っている。陛下の慈悲に感謝して、今はその口を閉じろ」
ゼノスの眼圧に圧され、バロムは屈辱に震えながらも沈黙した。魔王は改めてケンジに向き直り、厳かに告げた。
「ケンジよ。その方の提示した共存の道、そのテーブルに着こうではないか。……して、停戦の条件は?」
ケンジは待っていましたと言わんばかりに、懐から一枚の書状――この一週間の間に「ノア」と練り上げた、現実的かつ冷徹な条件を記した書面を取り出した。
【魔族・人間 暫定停戦協定:カザド合意】
不可侵の誓約:
人間・魔族共に不可侵を誓約する。それを条件に人間側は魔素消費を行う防衛システムを利用しない。
緩衝地帯の設立:
カレンベルクを含む国境付近の街を「自由交易特区」とする。
定期的な会合:
数ヶ月に一度、魔族と人間の定期会合を行う。
「……なるほど。不可侵を守れば『平和』が続く。見事な鎖だ。しかし、人間側がこれを守る保証があるのか?」
魔王は自嘲気味に、しかし真剣なまなざしで尋ねる。
「わが命に代えても人間側にこの条件を受け入れさせてみせます。受け入れられないのであれば私には策があります」
ケンジはニヤリと歯をのぞかせた。
「ケンジよ。お前を信じてみよう。今日この時を以て、人間との不毛な戦を停止する」
その瞬間、リィザが「はあぁ……」と大きな安堵の溜息をついた。その緊張の糸が切れた音は、謁見の間を支配していた「殺意の連鎖」を終わらせる合図のようだった。




