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宿舎の厨房には、魔族領各地から集められた「滋養がある」とされる食材が所狭しと並んでいた。
「よし……。俺が片っ端から試す。ノア、栄養データを分析してくれ。」
「正気か、ケンジ? 人間が口にすれば危険なものもあるかもしれんぞ」
ゼノスが止めるのも聞かず、ケンジは覚悟を決めて、粘り気のある青い果実を口に運んだ。
「……ッ、ぐ、あああぁぁ!!」
絶叫と共にケンジが膝をつく。舌が痺れ、喉が焼けるような衝撃が走る。
「マスター、魔素成分を微量ながら検出しました」
脳内のノアが、無機質な声で分析結果を告げる。
「はは……。今の死ぬかと思ったぞ。……次だ。次はあの、ドブのような臭いのする根っこだ」
その後、ケンジは泣きながら苦い樹皮をかじり、嘔吐しそうになりながらも未知の発酵食品を飲み込んだ。その無残で必死な姿に、最初は冷ややかだった魔族の料理人たちの目にも、次第に「こいつ、本気か?」という驚きと敬意が混じり始める。
数時間の「人体実験」を経て、ケンジはボロボロになりながらもレシピを書き上げた。
「……できた。ノアが算出した、魔素欠乏症を最短で癒やすための『完全栄養飲料』だ。……さあ、作ってみてくれ」
料理人たちが、ケンジの指示通りに調合を行う。完成したのは、どろりとした灰色の液体だった。
「……なんだ、この色は」
ゼノスが不審げにその器を覗き込む。ケンジは自慢げに言った。
「見た目は悪いが、成分は完璧だ。……どれ、味見を……」
一口含んだ瞬間、ケンジの顔が真っ青を通り越して土気色になった。
「……っ!! お、ぉぉぉ……!!」
ケンジは器を投げ出し、その場に突っ伏して悶絶した。
「泥と錆びた鉄を混ぜて腐らせたような……!」
それまで黙って見ていた魔族の料理長が、たまらず割って入った。
「どけ、人間! 理屈はわかった。……おい、お前ら! この成分を壊さずに、俺たちの知恵で『食えるもの』に作り直すぞ!」
「ああ! 殻実の油で臭みを封じればいけるはずだ!」
「紫根草の甘みで後味を上書きしましょう!」
ケンジの提示した「完璧な理論」を土台に、料理人たちの「現場のプライド」が火を吹いた。
加熱温度、投入の順番、香草の組み合わせ。異種族が入り乱れ、怒号と香気が厨房を包み込む。
数時間後。完成したのはスムージーのような飲料だった。
「……飲んでみろ」
料理長から差し出されたそれを、ケンジは震えながら口にする。
「……っ。美味い。まろやかで、力が染み渡るようだ……」
その成功を見届けたゼノスが、呆れたように、しかし確かな信頼を込めて肩を叩く。
「……のたうち回るっているのを見たときはどうなることかと思ったが、お前の覚悟が我が民の心を動かしたようだぞ」
その手には、魔素不足を救うための最初の一杯が握られていた。




