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カザド山脈からの帰路、飛竜の風にさらされたケンジとリィザが王都に戻った頃には、街は濃い夜の帳に包まれていた。
ゼノスが手配したのは、王城の離れにある賓客用の宿舎だった。石造りの重厚な部屋に、彼らが今出せる精一杯の「豪華な食事」が運ばれてくる。
「……美味いな」
ケンジが、スパイスの効いた肉料理を口にして呟く。
「こんな状況だができるだけのもてなしはしているつもりだからな」
向かいに座るゼノスが、酒杯を傾けながら応えた。その瞳には、昼間の調査で見たわずかな「希望」への戸惑いが混じっている。
「ゼノス……。あんたは、本当にこのまま人間と戦い続けたいのか?」
リィザの問いに、ゼノスは動きを止めた。
「……戦いたいか、と問われれば答えに窮するな。戦いの理由など、もう誰も覚えておらんのだ。先祖代々、我らは人間を殺し、人間は我らを殺してきた。それが魔族と人間の関係よ」
「理由も分からずに殺し合ってるのか……。姿形は異なるが言葉は通じる。なのに不毛だな。」
ケンジは小さく溜息をついた。積み重なった「憎しみの連鎖」は、理屈では止まらない。
「だが、ゼノス。理由がないなら、新しい『理由』を作ればいい。戦うよりも、互いを生かし合う方がずっと合理的だという理由をな」
「そんなものがあればな」
ゼノスは自嘲気味に笑い、宿舎を去った。
「彼らも似たようなものなのね。過去に囚われている」
リィザもつぶやく。
その夜、リィザが寝息を立て始めた頃、ケンジは一人、暗い部屋で「ノア」を起動した。
(……ノア。山脈の精霊樹のデータを基に、供給シミュレーションを開始してくれ)
『了解しました、マスター。……処理中です。……完了。精霊樹の管理により、魔族領の魔素濃度は戦前の水準を超えて安定させることが可能と思われます』
(よし。だが、ただ豊かにするだけじゃダメだ。それでは憎しみの連鎖は止まらない。……ノア、新しいパラメータを設定する。――『魔族が繁栄するために、人間の存在を不可欠とする構造』を構築できるか?)
『……可能です。ですが、いくつかの制約条件が必要です』
(いいさ。システムで平和を作るんだ)
魔族に「魔素を増やす技術」を与え、その魔素の「蛇口」を人間側が握っていると思わせる。(人間側といっても実はケンジ)
人間側には魔族との争いを止めることができる人物がいて、殺せば再び争いが起きる――。
彼らが繁栄を望めば望むほど、ケンジを害することができなくなる「相互依存」の設計図が組み上がっていく。
翌朝。ケンジはゼノスに、ある提案をした。
「ゼノス将軍。まずは救護院の者たちを救おう。彼らは魔素不足で気力が失せ、食欲を無くしている。高栄養の飲料を作りたいんだ。だが、俺はこっちの食材をよく知らない」
「我らの食材で、人間が飲めるものを作るというのか?」
「ああ。だから、この街の料理人を呼んでくれ。俺の知識と、あんたたちの知恵で解決するんだ」
数時間後、宿舎の厨房には困惑する魔族の料理人たちが集まった。
「いいか、みんな。これは単なる料理じゃない。魔素不足を解決するための『最初の一杯』だ」
魔族の持つ未知の食材と、ケンジの持つ「栄養管理」の知識が混ざり合い、新たな可能性が芽吹こうとしていた。




