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ゼノスに案内され、ケンジとリィザが最初に足を踏み入れたのは、王都の隅にある「救護院」だった。
そこには、魔族たちが力なく横たわっている。争う声も、苦しげな呻きもない。ただ、生命の灯火が消えかける直前の、不気味なほどの静寂が支配していた。
「……ひどい。みんな、目が虚ろだわ」
リィザが横たわる少年の手を握るが、反応はない。側にいた看護役の魔族が、沈痛な面持ちで口を開いた。
「魔素が薄くなると、彼らはまず気力を失います。何に対しても関心を示さなくなり、次第に食欲も消える。……食事をとらないようになることで衰弱していくのです」
ケンジは少年の様子を観察した。
(栄養を摂らせるには普通の食事じゃダメだ。……後でノアと相談して、高栄養の飲料を考えてみよう)
「ゼノス、次は魔素の発生源について、理論に詳しい者に会わせてくれ」
次に訪れたのは、古びた書物に囲まれた魔立図書館。そこで待っていた老研究者は、震える指で地図の一点を指した。
「魔素とは、北の『カザド山脈』に群生する精霊樹が、大気のエネルギーを分解して放出する息吹のようなもの。いわば、世界の呼吸です。それが止まったということは、この国の心臓が止まったも同義……」
一刻も猶予はない。
ケンジたちはゼノスと共に、再び飛竜に跨がり、北のカザド山脈へと向かった。
「……また空か。時間が無いもんな……」
カザド山脈の源流。
そこには、かつて魔素を噴き出していたはずの「精霊樹」の森が広がっていた。だが、目の前の樹々は葉を落とし、まるで冬枯れのように沈黙している。
「……俺が急激に吸い尽くしたせいで、樹々が防衛本能で眠っちまったのか」
ケンジは、一本の精霊樹に手を触れた。
すると、視界にノアの解析ウィンドウがゆっくりと浮かび上がる。省エネモードのノアは、低速ながらも確実な事実を告げた。
『……マスター。対象のバイタル、回復傾向にあります。ノアの消費制限に伴い、地脈の魔素圧が再上昇。精霊樹の活動再開を確認しました』
見れば、枯れ木のような枝の先に、ほんの僅かな、しかし確かな新芽が吹き始めていた。
「なんだ……。放っておいても魔素は戻るのか?」
ゼノスが期待を込めて尋ねる。だが、ケンジは冷めた目で山脈を見渡した。
「時間はかかると思いますが、きっと戻りますよ。……ですが、ただ戻るだけでは意味がない。魔族に活力が戻れば、また同じ悲劇(戦争)が繰り返されるだけだ。そうでしょう、将軍?」
「それは……」
ゼノスが言葉に詰まる。
ケンジは、沈黙する森を見つめながら、静かに思考の海に沈んでいった。
魔族を飢えから救う「農法」を教える。それはこの国を再び武装させることと同義だ。ならば、どうすれば「繁栄」と「抑止」を両立できるのか。
(……一週間か。十分だな)
ケンジの瞳に、冷徹な光が宿った。




