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混乱するゴブリンたちを背後に、俺たちは無我夢中で森を突き進んだ。


一歩踏み出すごとに、肩に預けられた女騎士の重みがずっしりと食い込む。俺の身体スペックは、若返ったとはいえ「筋力F」だ。少し走るだけで心臓が激しく脈打ち、膝が笑い出す。


「……はぁ、はぁ……。ここまで、来れば……」


ようやく辿り着いたのは、視界の開けた大きな岩場だった。 前方からの接近を察知しやすいこの場所で、俺は彼女をゆっくりと岩陰に下ろした。


彼女は青ざめた顔で荒い呼吸を繰り返している。ひしゃげた脚の甲冑が痛々しい。 彼女は俺を見上げると、震える唇を動かした。


「&%$#……%$。……#%$?」


やはり何を言っているのか、さっぱり分からない。音としては聞こえるが、脳がそれを意味として処理してくれない。この「通じない」という絶壁のような孤独感は、焦りとなって胸を締め付ける。


「ノア。翻訳はどうなった。今の逃走劇で少しはサンプルが取れただろ」


脳内に、あのたどたどしい無機質な声が響く。


『……。解析中。……。 語彙データの蓄積が、圧倒的に不足しています。 ……。ですが、彼女の今の発話は、イントネーションから推測して「感謝」もしくは「素性の確認」である確率が高いです。』


「……。焦っても仕方ないか。だが、まずは最低限の信頼関係を築かないとな」


俺は地面の乾いた土を平らにならすと、落ちていた木の枝を拾った。 そして、自分を指差してから地面に大きく「ケンジ」と書く。


彼女は一瞬きょとんとして地面を見つめ、それから俺の顔を見た。 俺はもう一度自分を指差し、「ケンジ」と発声する。


「……ケンジ。……ケンジ」


彼女の瞳に、理解の光が宿った。彼女は血のついた手で自分の胸を叩き、少しだけ誇らしげに言った。


「……リィザ」


「リィザ、か。よし、まずは名前だ」


俺は頷き、次に「食べる」ジェスチャーをした。指を口に運び、パクパクと顎を動かす。 リィザは首を傾げた。


「……クゥ?」


(ノア、今の音が『食う』か?) 『……。肯定。脳内辞書に「クゥ=食事・摂取」を登録。』


よし、この調子だ。 俺はポケットから、さっき採取した「紫の実」を取り出した。 鼻を突く、あのドリアンのような強烈な悪臭が漂う。


リィザの顔が、一瞬で引きつった。


「&%$#!? #$%&!!」 (正気か!? そんな毒々しいものを!!)


彼女は全力で首を振り、両手をバタつかせて拒絶する。 当然だ。この臭いは、知らない人間からすれば毒物にしか思えない。


「……リィザ、これ、美味いんだ。クゥ、クゥ」


俺は彼女の目の前で、実を一つ割って見せ、中身を美味そうに頬張った。 実際、濃厚な甘味は疲れ切った体に染み渡る。


リィザは信じられないものを見るような目で俺を見つめている。 俺は彼女の口元に、割った実をそっと差し出した。


彼女は鼻を押さえ、顔を背ける。 俺はしつこく食い下がった。


「クゥ。ドゥ、クゥ。……体力を戻さないと」


彼女は俺の真剣な目と、目の前の男が平然と食べている様子を見て、覚悟を決めたようだった。 死を覚悟したような悲壮な顔で、彼女は小さく口を開けた。


紫の中身が、彼女の舌に乗る。


「……っ!? ……!!」


リィザの目が見開かれた。 鼻を突く悪臭とは裏腹に、口の中に広がる芳醇な甘み。 彼女は驚きに目を見開き、もぐもぐと咀嚼を始めた。


「……$#%&……!」


彼女は驚愕の表情を浮かべ、もっとくれ、とばかりに俺の手元を指差した。 俺たちは、この世のものとは思えない臭いを放つ実を、二人で黙々と食べ進めた。


極限状態での「同じ食卓」。言葉は分からなくても、心の距離が一段階縮まったのを感じた。


(ノア、今のやり取りでデータは取れたか?)


『……。十分です。 感情と音の連動、ならびに文脈規則を抽出完了。 ……。マスター、私のガイドに従って、喉の筋肉を動かしてください。』


「ガイド……? おい、何をするつもりだ」


『……。これより、マスターの喉を、強制ハックします。』


リィザが食後の一息をつき、俺に何かを尋ねようとした。 その時、俺の喉が、俺の意志とは無関係にピクリと震えた。


「……アー……クゥ……ドゥ……ケンジ……」 (水……飲んだか? 足……痛いか……ケンジだ)


自分の口から出たのは、リィザの言語に近い響きだった。 あまりに拙く、機械が喋っているような不自然な片言。


だが、リィザの瞳に劇的な、魔法を見たような衝撃が走った。


「ケンジ……! #$%&、ケンジ!!」 (ケンジ……! 言葉を……言葉を喋ったのか!)


彼女は身を乗り出し、俺の肩を強く掴んだ。 その勢いで肩の傷が響き、彼女は「……ドゥ!」と顔を歪めた。


「ドゥ。……。ドゥ……ノウ」 (痛い。……。痛いのは、無い)


俺はノアのガイドに従い、覚えたての言葉を繋ぎ合わせた。 (痛いのは、大丈夫か?)


リィザは涙ぐんだような笑みを浮かべ、何度も首を縦に振った。


『……。翻訳精度、55%を突破。 ……。マスター、言語の習得速度が予測値を大きく上回っています。 あなたの脳が、私の演算に最適化され始めています。』


(……。最適化、か。ま、何が起きているか把握して整理するのは得意な方だからな)


俺はこの相棒を頼もしく思いはじめていた。


リィザは懐から、一枚の汚れた地図を取り出した。


「&%$#……。……ケンジ」 (ここは危ない。……。ケンジ、村へ行こう)


彼女が指差した先には、森の境界を示す印と、小さな集落の描き込みがあった。

「……。ああ、行こう。リィザ」


俺は再び彼女に肩を貸し、立ち上がった。 言葉の壁を越えたことで、この未知の異世界が、少しずつ「理解できる場所」へと変わっていくのを感じていた。


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