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カレンベルクの平原に、巨大な影が差した。
降り立ったのは、漆黒の鱗を持つ巨大な飛竜だった。騎士団の面々が「戦いでも出てこなかった飛竜が出てくるとは」と騒然となる中、魔族の使いは焦りを隠さなかった。
「準備はいいか。王は一刻も早い到着を望まれている」
今回の紛争では一度も投入されなかった貴重な移動手段。それを出してきたという事実に、魔族側の切迫感が伝わる。
「……リィザ。準備、いいか?」
「…………ケンジ。これ、乗らなきゃダメ?」
見れば、リィザは膝を震わせている。
「高いところ、ダメなの……」
「奇遇だな。俺もだよ」
二人が青い顔をして飛竜の背にしがみつくと、巨大な翼が一気に空を薙いだ。
「――っ! ひいいいいいいっ!」
「うおぁぁ、飛行機とは違う加速と上昇が……!」
急上昇する飛竜の背で、二人は情けなく抱き合った。それを見た魔族の使いは、信じられないものを見るような目を向ける。
「……おいおい。将ゼノスと一騎打ちをした猛者だろう……」
魔族の使いは、呆れたようにため息をついた。
「変わった使者だ。我が王に貴殿らの謁見を直訴したのはゼノス将軍だ。将軍に恥をかかせないようにしていただきたい」
「……それは、光栄だな……」
ケンジは風圧に顔を歪めながらも、ゼノスの働きに感謝した。彼もまた、この詰みかけた状況を打破しようと奔走してくれたのだ。
ケンジは風圧で頬を震わせながら、必死に声を張り上げた。
「……ゼノス将軍はずいぶん慕われているようですね」
「当たり前だ。ゼノス将軍は魔族最強の戦士で、国を支える柱だ。武器が壊れたとはいえ一騎打ちで倒したのだ、もっと堂々としていてもらわないと困る。」
使いは少しだけ速度を緩め、眼下に広がる荒廃した山脈を指差した。
「見るがいい。あれがかつての『翠の谷』と呼ばれた場所だ。今は魔素が枯れ、ただの砂の溝に成り果てた。魔素が消えることは、人間にとっての『水』や『空気』がなくなるのと同義なのだ。将軍が停戦を飲んだのは、国を将来を思えばこそだ」
リィザがケンジの腕をぎゅっと掴んだまま、目を細めて下界を見る。
「……そんなにひどいのね。早く何とかしなくちゃ」
移動は過酷を極めた。
飛竜は「効率的な飛行ルート」など考えず、最短距離の最短時間で、標高の高い山脈を垂直に近い角度で越えていく。
雲を突き抜け、酸素の薄い高空を飛び続けること約1時間。
ようやく眼下に、「魔族の王都」が見えてきた。
「……到着だ」
飛竜が急降下を開始する。二人の絶叫が、魔族の空に響き渡った。




