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カレンベルク騎士団の出陣が中止され、戦場に束の間の平穏が訪れた。魔族軍は一時撤退し、後日、正式な使者としてケンジとリィザを迎え入れるための先導を差し向けるという。
出発を明日に控えた夜。街を見下ろす城壁の上で、リィザは隣に立つケンジに問いかけた。
「ねえ、ケンジ。……らしくないじゃない」
「何がだ?」
「今までのあんたなら、もっと安全な場所から知恵を絞って、裏で上手く立ち回りそうなのに。自分から魔族の国に乗り込むなんて、あまりに危なすぎるわ。……本当はどう思ってるの?」
ケンジは夜風に吹かれながら、暗い地平線を見つめた。
「……俺なりのけじめさ。それに、帳尻合わせもしないといけない」
ケンジの声は低かった。
「俺が持つこの力が、知らぬ間に魔族を追い詰め、結果として多くの犠牲を生んでしまった。……自分の持つ力が周囲にどんな影響を及ぼすか、それを確かめもせずに使い続けてきた俺の過ちだ。俺自身が現地へ赴き、この目で惨状を確かめる。せめて長年の争いを止めるぐらいできないと償えないと思っているんだ」
リィザは少し意外そうな顔をした後、ふっと微笑んだ。
「……真面目すぎるのよ、でも、あんたらしい」
その時、ケンジの頭の中にノアの静かな声が響いた。
『マスター。周囲への影響を抑えるための「省エネモード」が完成しました。切り替えますか?』
(……頼む、ノア)
切り替えた瞬間、ケンジの頭を占めていた膨大な情報の奔流が、穏やかなせせらぎのように落ち着いた。
『――調整を適用しました。これより周囲の魔素の吸収を大幅に制限します。その影響で、新しい物事を調べたり、未知の魔法を解析したりするには、これまでの何倍もの時間がかかるようになります。今後は、これまでに蓄積した知識を頼りに判断してください』
(ああ、構わない。これからは今ある知恵を絞って戦うさ)
今までは「インターネット検索」だったノアが、これからは「電子辞書」に近い存在になる。だが、それこそがこの世界の調和を守るための選択だった。
「……ノアのやり方を変えたんだ。少し不便になるが、これで魔族の国への負担はなくなるはずだ」
「準備万端ってわけね。でも、あっちが本当に約束を守る保証はないわよ?」
リィザが剣の柄に手を置いて冗談めかして言うと、ケンジはどこか吹っ切れたような笑みを浮かべた。
「ああ。もちろん、ただ無策で飛び込むつもりはない。……万が一の備えもしておいた」
翌朝。朝焼けの中に、魔族の使いである巨大な飛竜が空から降り立った。




