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夜明け前。カレンベルク騎士団は、静寂を切り裂く蹄の音と共に動き出した。
「全軍、突撃! 魔族どもを一人残らず叩き潰せ!」
バルトの号令が響き、エリックを先頭にした重装騎士たちが、魔族の野営地へと向かって緩やかな斜面を駆け下りていく。
だが、その進軍は平原のただ中で静止することになった。
「――そこまでよ」
朝霧の中から現れたのは、たった一人の女騎士。剣を提げた、リィザだった。
「リィザ! どけと言っている! 貴様、一族に弓を引くつもりか!」
先頭のエリックが馬を止め、激昂する。
「弓なんて引かないわ。……でも、無駄な殺し合いはここで終わり。私と敵将ゼノスの『一騎打ち』。それが、ケンジとあっちの将軍が結んだ、正式な契約よ」
「ふざけるな! 魔法も使えん貴様が何を――」
その時、地響きと共に魔族の軍勢が姿を現した。騎士団がざわめく中、巨大な斧を担いだゼノスが悠然と歩み出てくる。
「人間ども、騒ぐな。……我らは、その者らと合意している。そこの小娘が我を倒せば、我らは名誉ある敗北と共にこの地を去る。だが、我が勝てば……我ら魔族の武威を示し、意気揚々と国へ帰らせてもらう」
ゼノスの言葉に、騎士たちは混乱した。魔族が戦わずして引くことを示唆したからだ。
「父様、兄様。黙って見てて」
リィザがゆっくりと剣を構える。その姿に、ケンジが静かに声をかけた。
「リィザ、準備はいいか。今回はノアの助けは無し、1対1だから俺も魔法でフォローもできない。お前の力に賭ける」
「……行くわよ!」
リィザが地面を蹴った。爆音と共に土塊が跳ね、彼女の体は「視界から消えた」。
「ぬおっ!?」
ゼノスの大斧が空を切る。次の瞬間、リィザの放った鋭い一撃が、ゼノスの分厚い籠手を叩いた。キィィィィィィン! と、金属同士がぶつかる音とは思えない高音が平原に響き渡る。
「速い! これがあの落ちこぼれのリィザなのか……!」
後方で見ていたエリックが驚愕に目を見開く。
魔力による身体強化だけではない。徹底した「鍛錬」と「食事」による地味な強化。さらに無駄な動きを極限まで削ぎ落とし、洗練されたリィザの動きは、魔法を信奉してきた騎士たちの理解を完全に超えていた。
「はああああああっ!」
ゼノスの重厚な連撃を、リィザは紙一重で回避し、あるいは剣の腹で受け流す。そのたびに彼女の体内の筋肉が唸りを上げ、熱を発する。
「……面白い! これほどの剣士がまだこの国にいたとは!」
ゼノスが歓喜に吠え、大斧を振り下ろす。
土煙が舞い上がり、誰もが息を呑んだ。
その中心で、リィザは低く鋭い踏み込みから、ゼノスの懐へと滑り込んでいた。




