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カレンベルクの宿屋の一室。ケンジは街での聞き込み結果をまとめたメモを前に、沈黙していた。
リィザと手分けして聞き込みをした話によれば、魔族の猛攻が始まったのは数ヶ月前。それまでは小競り合いこそあれ、これほど必死に国境を越えようとしてくることはなかったという。
(数ヶ月前……俺がこの世界に転生してきた頃だな。原因を調べてみよう)
嫌な予感が脳裏をかすめる。ケンジは一人、夜の闇に紛れて城外へと忍び出た。
ノアの『ナイトビジョン』で闇を透かし、魔族の陣地が見える断崖まで辿り着く。集音機能を最大にすると、焚き火を囲む魔族たちの切実な会話が漏れ聞こえてきた。
「……国じゃあ魔素が枯れて、作物も育たねえ。戦って奪わなきゃ、家族は飢え死にだ」
「なぜ急に魔素が消えたんだ。聖域のエネルギーが、どこか遠くに吸い込まれているみたいだって、長老が言ってたぜ」
ケンジは息を呑んだ。その「巨大な穴」に、少し心当たりがあった。
「ノア。お前に聞きたい。お前の演算能力は、どこから供給されている?」
『……マスター。私の基幹システムは、周囲の空間から魔素を吸収し、それを演算エネルギーに変換することで稼働しています』
「現世の生成AIもそうだったな。膨大な学習と推論には、大量の演算装置と莫大な電力、冷却水が必要だった。……お前のコストはどこが支払っているんだ?」
『推論します。私が解析を行うたび、この世界の地脈から大量の魔素が消費されます。特に北方にある魔族の聖域は、地脈の密度が最も高い。……私がマスターの要望に応えるほど、そこからエネルギーが利用されている可能性があります』
ケンジは眩暈を覚えた。
リィザを助け、効率的に問題を解決しようとノアを使い倒してきた。その代償として、北の地のエネルギーを使い潰し、魔族を飢えさせていたのだとしたら――。
しかも、今この瞬間にも影響を与えているのだとしたら……。
(俺が世界の生態系を破壊していたのかもしれないのか……。そもそもこんなチート級の能力が何の対価も無く使えることに疑問を持たなかったわけじゃない。くそっ)
やりきれない思いを抱えながらも、ケンジは断崖の下、焚き火を囲む魔族の将を見つめた。
彼らもまた、突然の魔素に直面し、生き残るために必死に戦っているだけかもしれないのだ。
「ノア、これ以上のリソース消費を抑えたり、地脈への負荷を減らす『省エネモード』は存在するか?」
『現時点では未実装ですが、数日いただければ可能です。』
「……魔族の国に影響は出るだろうが準備を頼む。将来的にはメリットが出せるはずだ」
俺は重い足取りで街へと戻った。自分の「チート」が引き起こした歪みを、修正しなければ。




