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北方へと向かう馬車の中、リィザは口数が少なかった。
ベルトランのギルドではあんなに快活だった彼女が、今は膝の上で拳を握りしめ、流れていく灰色の景色をじっと見つめている。
「……ケンジ。さっき『受け入れてもらう必要なんてない』って言ってくれたとき、なんだか胸が軽くなったわ。ありがとう」
リィザがぽつりと言い出した。その声には、少しだけ寂しさが混じっている。
「カレンベルク家はね、代々『剣と魔法の融合』を重んじてきた騎士の家系なの。遠距離からは魔法で牽制し、懐に入れば剣で仕留める……。それが私たちが教えられてきた、正しい戦い方。でも、私にはどうしてもそれができなかった」
彼女は、少し節の目立つ、けれど鍛え抜かれた自分の手を見つめた。
「どれだけ練習しても、私の中から魔法の火が灯ることはなかったわ。一族の誰もが当たり前に魔法を放つ中、私だけがただ剣を振ることしかできなかった。父様や兄様たちも、決して悪人じゃないの。でも、彼らにとって『魔法が使えない騎士』は、想像もつかないような……理解できない存在だったんでしょうね」
結局、彼女は「家のため」という名目で、半ば追い出されるように故郷を後にした。
剣こそ扱えるものの女性の一人旅は、苦労の連続だったそうだ。傷を癒やす魔法は高価だから、泥臭く薬草を煎じて生き延びるしかなかった。
「ベルトランに着いた頃には、何とか一人でやっていける程度の冒険者になっていたわ。それから討伐依頼を受けてその日暮らしをしていた時にケンジに助けられた。そして、『身体強化』を教わってから、私は生まれ変わったの」
リィザが少し照れくさそうに、いつもの快活さを取り戻して笑う。
「魔法で火を出す代わりに、魔力で自分を強化する。訓練もしてすごく強くなったと思うの。食事はちょっとつらかったどおかげですごく調子がいいの」
ケンジは淡々とした、けれど温かみのある口調で返した。
「カレンベルクの連中は、『魔法』という一つの項目だけで判断している。……リィザ、お前はおちこぼれなんかじゃない。今や『物理最強の騎士』なんだよ」
「……ふふ、『物理最強の騎士』って。女性に言う言葉?あんたらしいわ」
少しは元気になったみたいだな。
リィザは窓の外を見据えた。そこには、うっすらと煙の上がる北方の山々が見え始めている。
「もうすぐ領地よ。……父様たち無事かしら。……ちょっと心細いから着いてきてくれない?」
「もちろん。相棒だろ」
馬車は、冷たい北風を切り裂きながら、戦火の待つカレンベルクへと突き進んでいく。




