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「……なあ、ノア。俺は一体、何を作ってしまったんだ?」
ギルドのドアを開けた瞬間、俺は立ち尽くした。 視界に飛び込んできたのは、酒を酌み交わす荒くれ者たちの姿……ではない。
「よし、あと10回だ! 収縮を意識しろ!」 「おおおぉぉ! 大胸筋が喜んでいるぞッ!」
そこら中で、男たちが己の筋肉と対話していた。 以前までの「だらしない腹の酔っ払い」は絶滅危惧種となり、今やギルド内は、やけにタイトな革鎧や、わざと肩周りを露出させた「袖なし」の装備に身を包んだマッチョたちの熱気で満ちている。
俺が提唱した「高タンパク・低脂質」の食事と、ノアの解析による「解剖学的基礎鍛錬」が、ベルトランの冒険者の間で爆発的に流行してしまったのだ。
「あ、ケンジ教官! おはようございます!」
ガルスが、はち切れんばかりの二の腕を見せつけながら爽やかに挨拶してくる。 横にいるボリスとテオも、以前より顔つきが精悍になり、体格が一回り大きくなっている。
「……おはよう、ガルス。その、ずいぶんと……仕上がっているな」
「へへっ、教官の言った通り『鶏のささみ』と『温野菜』を中心にしたら、この通りですよ! 先日の依頼でも、センチピード・ビートルの甲殻を力任せに引き剥がせました!」
リィザが横で、引きつった笑いを浮かべて俺の服の袖を引く。 「ケンジ……この街の冒険者、みんなムキムキになってるわよ。あんた、とんでもない宗教の教祖になっちゃったんじゃない?」
「宗教じゃない、ただの効率化だ……。……たぶん」
罪悪感が胸をチクりと刺す。俺はただ、事務的に「生存率を高めるための最適解」を提示しただけなのだが、結果としてベルトランは「筋肉の聖地」へと変貌しつつあった。
さらに驚いたことに、受付カウンターの奥から現れたのは、あのベテラン冒険者バルガスだった。 彼はいつも着ていた重厚な鎧を脱ぎ捨て、筋肉のラインが露わになる特注のインナーウェアを着込んでいる。
「よう、ケンジ。例の『スクワット』ってやつか? あれを始めてから、大振りの一撃を放った後の踏ん張りが段違いだぜ。……おいフィオ、俺の分の『ゆで卵10個』はまだか!」
「はいはい、バルガスさん!……もう、ケンジさんのせいでギルドの賄いメニューが卵と肉料理ばかりですよ!」
フィオが困り顔で笑うが、その表情は明るい。 フィオからの内部情報によれば、冒険者の基礎体力が向上したことで、低ランクの負傷率が劇的に低下。ベルトラン支部の「冒険者の質」は、急上昇しているという。
『マスター。ギルドからの信頼スコアがさらに12%上昇。マスターの発言は、現在この支部において「ギルドマスターの命令」に次ぐ発言力を持ちつつあります』
「そんな権力欲しくなかったんだがな……」
俺はペンを走らせ、新たに作成した「超回復のためのストレッチ図解」を掲示板に貼り出した。 すると、待機していたマッチョたちが「おおおっ!」と一斉に群がり、メモを取り始める。
「……まあ、いいか。戦力が整うのは悪いことじゃない」
「そうね、ケンジ。ただ……みんなで集まってポージングの練習をするのは、ほどほどにさせてよね」
リィザの呆れ顔を見ながら、俺は次の依頼書に目を落とした。




