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ベルトランのギルドに戻り、センチピード・ビートルの巨大な触角を提出すると、受付は騒然となった。
「『銅』のパーティーが手こずっていた依頼を、昇格したての二人が……」
そんな囁き声を背に、競争相手だった三人が神妙な面持ちで近づいてきた。リーダー格の剣士、大柄な重戦士、そして細身の短剣使いだ。
「……約束だ。報酬と同額の金貨、受け取ってくれ」
リーダーの男が、重い革袋をカウンターに置いた。 俺はノアに命じて、一瞬で枚数をスキャンさせる。
『マスター。誤差はありません。規定通りの金額です』
「ああ、確かに受け取った。……負けたのに、随分と潔いんだな」
俺がそう言うと、三人は顔を見合わせ、リーダーの男が頭を掻きながら名乗った。 「俺はガルス。こっちは重戦士のボリス、短剣のテオだ。……正直、お前らのことを鼻持ちならない奴らだと思ってた。だが、あの状況であの判断……。俺たちじゃ、あの甲虫を転がして一発とは恐れ入ったよ」
ガルスたちの目には、先ほどまでの侮蔑はなく、純粋な強者への敬意が宿っていた。
「頼む、ケンジ。……もし良ければ、その強さの秘密を教えてくれないか。俺たちも、今のままじゃいけないって分かってるんだ」
ギルドの片隅のテーブルで、俺たちはガルスたちと向き合った。 リィザは「秘密ねぇ……」と苦笑いしながら、俺の顔を見る。もちろん、ノアによる精密なレベルアップ管理や、魔法による超回復トレーニング(地獄の追い込み)は企業秘密だ。
俺は姿勢を正し、事務屋らしい理路整然とした口調で切り出した。
「秘密なんて大層なものはない。まずは『食事』の見直しと『基礎鍛錬』だ」
「食事と鍛錬……?」 ガルスが拍子抜けしたような顔をする。
「そうだ。多くの冒険者は、腹が膨れればいいと思って適当な干し肉や酒で済ませている。だが、筋肉や魔力を構成するのはお前たちが摂取した栄養だ。特にタンパク質……肉や豆類の摂取量、そしてそれを取り込むための休息時間が足りなすぎる。それに、酒を飲むと睡眠の質が低下するんだ」
俺はノアに計算させた、彼らの体格に最適な栄養バランスとトレーニングメニューを、手近な紙に書き出した。
三人は、俺が書いた「指導書」を見つめている。
「……分かった。明日から、酒を控えてこいつを試してみる。ありがとな、ケンジ!」
「自分から進んであの食事を受け入れるなんて信じられない……」
リィザが遠い目をしてつぶやく。
それから数日。ギルドでは奇妙な光景が見られるようになった。 ガルスたちが、酒場の隅でエールではなく山盛りの肉と温野菜を黙々と食べ、その後、俺のアドバイス通りに裏庭で基礎中の基礎である素振りを繰り返しているのだ。
「おい、ガルス。あんたがそんな真面目にやってんの初めて見たぜ」 「笑うな。ケンジのアドバイスを試したら、朝の目覚めや体のキレが全然違うんだよ」
そんな会話が広がり、一人、また一人と教えを乞いに来る冒険者が増え始めた。
『マスター。周辺個体のヘルスケア・コンサルティングにより、ギルド内の生産性が5.2%向上しました。また、マスターへの敵対的感情を抱く個体が激減しています』
ノアの報告を聞きながら、俺はペンを走らせる。 「力で従わせるより利で操るんだ」
気づけば俺たちの周囲には、かつて「やっかみ」を向けていた連中が、期待を込めた視線で集まり始めていた。




