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「リィザ、動くな!『簡易ヒール』!」
俺は後方に吹き飛ばされたリィザに即座に駆け寄り、魔力を流し込む。青白い光が彼女の腕を包み、強打した衝撃と痛みを急速に消し去っていく。
「悪いケンジ……助かった! だけど、あいつ……ノアのアドバイスとは正反対の動きをしやがったぞ!」
リィザが剣を握り直し、再びセンチピード・ビートルを睨み据える。巨大な甲虫は、俺たちの計算をあざ笑うかのように無数の足を不気味に蠢かせ、岩肌を削りながら迫っていた。
その時、少し離れた岩陰から嘲笑うような声が聞こえた。
「おいおい、真鍮様が派手に飛ばされてるじゃねえか」 「下手に手を出してこっちが怪我するのも馬鹿らしい。あいつらがボロボロに弱らせたところで、俺たちがトドメを刺して『救出』してやろうぜ」
競争相手の「銅」ランクチームだ。奴らは加勢するどころか、高みの見物を決め込んで、俺たちが力尽きるのを待っている。
(……チッ、見てろよ)
俺は脳内でノアを呼び出す。今回は「過去の文献」ではなく、今この瞬間の「目の前の事実」だけを演算させる。
「ノア、謝罪も言い訳もいい。今現在の敵の重心位置、筋肉の収縮、攻撃の予備動作だけをリアルタイムで追え。統計上の一般論はすべて捨てろ。……どう戦うべきか、提案してくれ」
『了解。……現場を優先。過去ログとの照合を遮断します。……解析開始。対象は衝撃を受けると背面の筋肉をバネのように使用します。物理的な打撃による姿勢崩しは無効です』
ノアの視界が、センチピード・ビートルの体表を赤くスキャンしていく。
『提案:物理的な衝撃ではなく、「環境」のハックを推奨。リィザ様が側面から斬り込む直前、マスターが魔法で地面をぬかるみに変化させてください。不均等な沈み込みに対し、対象はバネ動作を行うことができず、強制的に姿勢が崩れます』
「それだ……! リィザ、聞こえるか! 普通に戦ってもお前のほうが速い。だが、確実に仕留めるために俺が奴の動きを止める。俺の合図で右側面から全力で突っ込め!」
「了解! ケンジを信じる!」
リィザが弾かれたように走り出す。センチピード・ビートルが、先ほどと同じように迎撃の構えを見せた。その瞬間、俺は土魔法を全開にする。
「『泥濘』!」
ノアが算出したピンポイントの座標――甲虫の脚がある地面だけが、一瞬で泥沼へと変化させた。
「ギギィッ!?」
踏ん張ろうとした脚が深く沈み込み、対象の重心が大きく傾く。先ほどのように背面を叩きつけて跳ねようとするが、足場が泥では反発エネルギーが逃げてしまい、無様に地面へ転がった。
『今です。リィザ様、斜め45度から首の付け根へ』
「おおおぉぉぉぉ!」
姿勢を崩した巨大な多足生物の死角に、リィザの閃光のような一撃が突き刺さる。身体強化とノアの精密なナビゲーションが合わさった刃は、硬質な甲殻を容易に断ち割り、一気にその深部まで達した。
巨躯が激しく痙攣し、やがて動かなくなった。
岩陰で様子を見ていた「銅」ランクの連中が、呆然と口を開けて固まっている。
「……嘘だろ。あんなデカブツを一閃だと……?」
「俺たちの勝ちだな。支払い忘れるなよ」
『マスター。……申し訳ありません。今回の誤差を元に、ソースの信頼性評価アルゴリズムをアップデートしました。……以後、二次資料による推論には注釈をつけます』
「いいよ。俺もお前に頼りすぎていたようだ」
今回は何とか勝てたが、慢心はいけないな。




