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「……っ、痛たた……」
翌朝。宿屋のベッドで目を覚ました俺は、背中を走る激痛に顔をしかめた。リィザに叩かれた場所が見事な手形のアザになっている。一晩寝れば治ると思ったが、寝返りを打つたびに痛みが走る。
「……ダメだ。リィザ、治療院に付き合ってくれ」
這い出すようにして、街の『聖癒治療院』へ向かった。白亜の清潔な建物。だが、そこで待っていたのは慈悲とは無縁の冷徹な現実だった。
「はい、診断の結果、内出血と筋繊維の損傷ですね。治療費は銀貨20枚よ」
(銀貨1枚は1,000円くらいだから、20,000円か……。ふつうにケガしたら一体いくらになるんだよ……。)
「たかだか打撲ですよ?」
「嫌なら痛みに耐えて寝て治すことね。回復魔法は魔力の精密な波長制御が必要な、限られた者だけの秘匿された技術なんだから」
受付の女性は事務的に言い放った。社会保険も三割負担もない、全額言い値の自由診療。昨日稼いだ銀貨がそのまま消えていく……。
術師が俺の背中に手をかざす。その瞬間、脳内でノアが鋭く反応した。
『マスター、対象の魔力流動のスキャンを開始。……不明な変数を確認。解析のため、術者に質問を投げかけてください』
俺は治療を受けているフリをしながら、術師に問いかけた。 「……あの、その魔力の流れ、わざと細かく振動させてるんですか?」
術師は意外そうに眉を上げた。 「あら、わかるの? そうよ。ただ流すんじゃなくて、患部の波長に合わせて『共鳴』させるのがコツなの。まあ、教えたところで真似できるものじゃないけれど」
その後もノアの指示通りに「収束点」や「熱量の逃がし方」について二、三質問を重ねると、術師は「熱心ねぇ」と苦笑しながらも、いくつかコツを教えてくれた。
治療は一瞬で終わり、痛みや腫れもなくなった。
「リィザ。怪我をするのは破産と同義なんだな……」 「まあ、そうだな。だから治療院に行かなくて済むように戦うのが、冒険者の常識なんだ」
(俺のケガはお前に背中を叩かれたせいなんだけどな……)
治療院を出た道すがら、ノアが自信に満ちた声で告げた。
『スキャンデータと術師の回答を照合。最適化を完了しました。回復魔法「ヒール」を再構築。マスターの魔力特性に合わせた「簡易ヒール」を実装可能です』
(……マジか。俺でも使えるのか?信仰心とか関係ないんだな……)
『肯定。本来は高度な修練で身に着ける波長制御を簡素化しました。本来の「ヒール」には劣りますがマスターが魔力を多めに使えばほぼ同程度の効果は出せると推測します』
「ちょっとリィザ、腕を出してくれ」
俺はリィザの腕にある、訓練でつくった小さな擦り傷に指を当てた。ノアのガイドに従い、魔力を「流し込む」。
(簡易ヒール!)
指先から、先ほどの術師よりもさらに無駄のない、澄んだ光が一瞬だけ走った。
「うわっ!? ……え、あれ? 傷が消えてる……? ケンジ、お前いつの間に聖職者になったんだ!?」
「聖職者じゃない。ただの魔法使いさ」
俺はガッツポーズを作った。これで医療費による破産のリスクと共に死のリスクも下がった。
「リィザ、回復手段も得たことだしそろそろ討伐依頼に行こうかと思ったんだが、もう少しだけ付き合ってもらえるか。」 「またかよ。でも、お前の言うことだ、何か考えがあってのことだろ。信じるよ」
リィザの笑顔を見ながら、俺は異世界をハックしていく快感に浸っていた。




