こんばんは
『話したいことがたくさんあるんだ!』
『そう。入れ』
あの出来事から俺は、定期的にセイに会いに来ていた。
最近は専ら、恋愛の話ししかしていない。
何も言わず聞いてくれるから、甘えてるのかもしれない。
『それで、本題はなに』
他愛のない、最近の近況報告みたいな話をしてたら、セイがそう言った。
『そろそろ彼女と付き合って一年になるんだ。それで…』
『記念になにかプレゼントしたいんだけど、何を渡せばいいか分からない?』
『そう!』
セイと出会ってから三年ほど経ち、俺は二十四になった。
彼女と付き合うときも相談に乗ってもらった。
『相手の人は、何歳だっけ』
『二十二』
『…そうだな。形に残るものがいい?』
『どっちでも。ユイが喜んでくれるなら、それで』
『君らしいね』
そう言って、少し笑った。
たまにだけど、セイも笑うようになっていた。
それがなんとなく、嬉しかった。
セイが少し下を向いて、考え始める。
『…仕事で離れている時間も多いだろうし、離れていても寂しくないようにできるものが良さそうかな』
『確かに』
具体的にこれ。じゃなくて、まず属性から話す感じ、セイと話してるなぁ~。
『彼女の趣味とか、好みは分かる?』
『えっと…俺?』
『……はぁ』
『ため息つくなよ』
『惚気はいいから』
『そう言ってもな…』
ユイのことを知りたいと思っても…なんというか、異常なぐらい俺のことが好きなこと、しか伝わってこないというか。
『君の等身大の人形でも渡せばいいんじゃないかな。作れるよ、私なら』
『投げやりになるなよ~』
『はぁ…』
もう一度、ため息をつく。
その後、セイは、少し考えていた。
表情変わんないから、考えているのか話すのが面倒なのか判断つかないけど。
『君は、彼女が好き?』
『もちろん』
何当たり前のこと言ってんだ。
『…じゃあ、その記念日。その日はずっと、彼女と一緒にいればいいんじゃない』
『それは前提だっ』
記念日に、それ以外のことを優先する必要あるか?
一度しかないのに。
…公的文書の依頼は来ない…はず。
『あ。そうだ。ここに呼んでいい?』
『は?』
『いや、俺がセイのことを話すと毎回、会ってみたいって言うんだよ』
『なんで』
『お礼がしたいって』
嵐のとき泊めてらもらったことを話したら、直接会って礼をしたいと言うようになった。
『あー……』
心底めんどくさそうな顔をしている。
これは確実にそう。
『嫌か?』
『その、一年記念日の日にくるのか?』
『…セイのおかげで出会えたようなものだし。俺も、その日はセイといたい』
『…わかった』
『ほんとか!?』
まじ?断られると思ってた。
『…それなら、町に買い出しにいかなきゃいけないな』
『え!?セイが町に行くのか!?』
『…そんなに驚くことでもないだろう。必要なら町にも行くさ』
『お金は』
『そりゃもちろん。君が出すんだ』
『そりゃそうか』
お願いしてる立場だしね。
『えーっと、一人で行けるのか?』
『私は子供じゃない』
『それは分かってるんだけど…』
長年家に閉じ込められてて、世間のことを全然知らないお姫様みたいになりそう…。
『…俺が一緒に行きたいんだけど、そろそろ仕事なんだよな…』
『だから、私は子供じゃない。一人で行ける』
『セイ』
『なに』
『今から、俺の家に行こう』
『……は?』
––––––––––––––––––––––––––––––––
『森を出るのはいつぶりだろうね』
『…何歳なの?』
『覚えていない』
セイは、自虐みたいにそう言った。
自分自身を否定している言葉みたいに聞こえた。
いつの日か一緒に歩いた道を、今度は横並びで歩く。
『今、君の家に彼女がいるのかい?』
『うん』
『それで、君はこの後仕事があるから、その彼女さんに、買い出しの同行をお願いすると』
『そう』
『記念日に私の家に来ることにした意味は?私に会いたいというのなら、今日達成される』
『彼女にあの家を見せたい』
『………』
不服そうだ。
『…まぁ、君たちがそれでいいならいい』
『ありがと』
それにしても。
セイが町に入ったら目立つだろうなぁ。
目をつけられなきゃいいけど。
『あそこに見えるのが、俺たちが住んでる町』
『そう』
何かに驚く様子もなく、ただ町に向かって歩いていく。
『ついたー』
もう慣れたものだけど、そこそこ距離あるんだよな。
『……………』
町に着いた途端、セイが黙った。
なんだ?
…表情変わんねぇな、こいつ。
なに考えてんのかわかんね。
『おお!ツグ!』
おわぁ!
セイの方を見てたから気付かなかった。
知り合いに見つかったのか。
『おぉ!…あれ?お前の担当ここじゃなくね?』
『仕事じゃないと来ちゃいけないのか?』
『そんなこといってねーだろが』
『ははっ。まぁ、仕事なんだけどな…』
『…かわいそうに』
『やめろっ!悲しくなるだろ』
かわいそうに。
『…誰だ?そのべっぴんさんは』
セイの方を見ながら言う。
『俺の恩人』
『…あぁ!あれか、お前がいつも話してる…』
『やめろ』
恥ずかしいだろ。
『…えらい、綺麗な人だな』
『かっこいいだろ?』
いろいろ自慢してやりたいぜ。
セイのすごさを。
『ツグ』
『ん?』
『早く案内しろ』
『あぁ、すまん。じゃあな』
『おう』
離れる。
『なんかあったか?』
様子がなんとなく変だ。
『…ツグ』
『ん?』
『………いや、なんでもない』
『それなんでもあるやつだろ。俺がそうだったからな』
『……』
『?』
なんだ?
セイらしくない。
『救われる瞬間が一度でもあったなら。それでもう、いいのかも知れないね』
『…はい?』
『君が話して欲しそうだったから話しただけだよ』
『話しの途中から話してるだろそれ』
『君、この後仕事なんだろ。急がなくていいのか』
『そうだった!』
ユイに事情を話さなきゃだし。
『ユイー』
扉を叩きながら名前を呼ぶ。
『……!』
家のなかから、大きな物音がした。
俺が急に帰ってきて焦ったのかな。
『ツグ!』
『うおっ!』
扉が開いた瞬間、ユイが飛び付いてきた。
押し倒される形になる。
『おかえり!』
『…あぶないからやめようね』
起き上がる。
『セイさんの家から直接お仕事行くんじゃなかったの?』
『ユイ』
セイを指差す。
『…セイ、さん?』
『そう』
ユイの顔が、ぱぁっ、と明るくなる。
『あなたが?!』
セイの手を取って、上下にぶんぶんしている。
二十一歳ってこんなに落ち着きなかったっけ?
『初めまして。ユイさん』
『はい!初めまして!』
『…とりあえず、手を離してもらえる?』
『あぁ、ごめんなさい』
『ユイ、とりあえず家に入ろう。みんなこっち見てる』
『わ、ほんとだ。どうぞ、入ってください』
みんなで一緒に家に入る。
『私が住んでる家とそこまで変わらないね』
『そうかもな』
セイの家いいなぁと思ってたから、自然とそうなったんだろう。
椅子に座る。
『それで?なんでセイさんをここに連れてきたの?』
ユイが俺に聞く。
『そろそろ付き合って一年だろ?その日、セイの家でパーティーをすることになったんだ』
『そうなの!?』
嬉しそうだ。よかった。
ほんと幸せもんだな、俺。
『おう。そんで、全然森から出ないセイだけじゃ不安だから、ユイに、セイと一緒に買い出しをお願いしようと思って』
『わかった。任せて』
『ありがとう。俺は仕事行くから、よろしくな』
『うん。いってらっしゃい。頑張ってね』
『おう。いってくる』
『ツグ』
『なんだ?』
『早めに帰って来た方がいい』
『…分かった』
そう言って、家を出た。
———————————————————————————
『セイさん』
『はい』
『まず、やることがあります』
『…えーっと?』
『髪を!切ります!』
棚からハサミを取り出す。
『え』
『え。じゃないです!話しには聞いてましたけど、それじゃ前見えないじゃないですか!…いや、前見えないどころか、床着いちゃってますよ!』
せっかく綺麗な髪なのに。
…ありゃ?床に着いてるのに全然汚れてない。
ツグが言ってた、よくわからないけどなんかすごいところがたくさんある、の一つかな?
『そうだけど…』
『目立つでしょ!ただでさえ白髪なんですから!』
『あー。確かにそう…かも』
見た目に無頓着なのも、聞いてた通りだ。
『じゃ、ここ、座ってください』
『分かった』
髪を切っていく。
『…やっぱり、綺麗ですね』
『…そう?』
『はい。羨ましいです』
『そっか』
褒められても全然嬉しくなさそう。
私は、ツグに可愛いところ見せようと必死だっていうのに。なんかむかつく。
『…セイさん』
『なに』
『ありがとうございます』
『…………』
『あなたがツグを泊めてくれたおかげて、私はツグに会えました』
『…人としてやるべきことをやっただけだよ』
『私も同じようなものだったから分かります。最悪を考えているときに、それを回避できるなにかが目の前に現れる。その感覚を』
『…君は、ツグに助けてもらったんだよね』
『はい。森で盛大に転んで動けなくなっているときに、セイさんの家から帰ってくるツグと会って。家までおんぶして連れていってくれたんです』
『…そう』
セイさんが一瞬、ほんの一瞬目を伏せた。
『ツグ、よくいうんです。セイさんに会ってなかったら、今の俺はなかった。って』
『…そう』
手を動かしながら、そう言った。
少し切るたびに、どちらかと言えば灰色に近い色の髪が、床に落ちる。
不思議なことに、落ちた髪はすぐに消えていく。
本来なかったもののように。
溶けるように。
…不思議な人。
『…私は、私が人であるために、そのために。エゴを押し付けただけに過ぎないよ。彼がもし、泊まらないと言っても、嵐のなかを外に出ようとしても、私はそれを許さなかったろう』
『…セイさん。ひょっとしてセイさんは、自分が嫌いですか』
『…そうだね。否定はできない』
落ちた髪が、また消えていく。
『…なんだか、自分を否定しようとして、物事を考えている気がします』
『そう…見えるかい』
セイさんは、くたびれたおじいちゃんみたいに、言葉を紡いだ。
『はい』
正直に答える。
『自分を責める方向にだけ、理由を集めてる気がします』
『…大きな力には、責任が伴う。何度も言われた言葉だ。…人を助けた。…人を殺した。私の目には何が映ってる?』
『…なにが映ってるんですか』
『なにも映っていない』
『…え?』
『私は目が見えない。…見えないというよりも、見えすぎてなにがなんだか分からない。人の顔なんて、どんなものだったか覚えてすらない。耳も同じようなものだ。感触も同じ。だから私は、ただ、なんとなくで動いている。なぜかは知らないが、それでだいたい上手く行く』
『………』
『…こんなものに、責任がついてくるらしい、望んだことは一度だってない。…私が話すことは、いつだってただの事実だ。もし私が自分を嫌いでも、事実しか喋らないよ』
『…いや。話しすぎた。ツグに似てるからかな』
『ツグは、それ知ってるんですか』
『知らないだろうね。予測はしているかもしれないけど』
『…君も、彼も、私を人として扱う』
『…あなたが、人にこだわる理由って、なんなんですか』
ツグから聞く話しでも、よくでてくる。
なにか特別な思いがあるようにしか思えない。
『素敵だと思ったんだ』
『え?』
『汚いところも、貪欲なところも、醜いところも、……助けることをやめられないところも。素敵だと思った。だから、1度は諦めた生を、人として生きてみたいと思った』
『…あなたがどんな人生を歩んできたか、私には分かりません。だけど、少なくとも私は、あなたがいたおかげで、今とても幸せです』
『そう』
過去に思いを馳せてるような、そんな表情だった。
『…はい!』
『終わった?』
『はい。かっこよくなってますよ~』
『そう。じゃあ、行こう』
自分の見た目にまったく興味がないみたい。
『セイさん。普通の人は自分の見た目を気にするんですよ』
『そう』
嫌味を言ったつもりだった。
…少し動揺するかと思ったけど、ぜんぜん反応がない。
『早く。行くぞ』
『わかってますけど!』
マイペースというか、なんというか。
戸締まりを確認して、外に出る。
『なにが必要なんですか?』
『…パーティー。3人』
そのあと、ちょっと黙った。
『シチュー、パン、サラダ、ローストチキン、アップルパイ。…こんなものでいいか』
『豪華ですね』
ツグから聞いていたけど、料理上手いんだなぁ~。
…今度教えてもらおう。
『あ、お金あります?』
『ない』
『相場とか分かります?』
『分からない』
『ツグの気持ちがわかりました』
頑張ってるね、ツグ。
『じゃあ、基本的には私が会計しますから』
『そう。じゃあお願い』
町を歩く。
昼過ぎはいつも賑やかだ。
子供たちの笑い声が聞こえる。
その中のセイさんは。
浮いている。
髪を切って、その中性的な顔が見えるようになったからなのか、余計目立っている気がする。
髪切ったの失敗?
でもなぁ。
『なんか、見られてますね』
『そう』
なんだこの人。
店を回る。
食材を買った。
なんだか、いつもより交渉が楽…というか、商人の方が一歩引いていた。
セイさんに買い物させたらお金が浮くのでは?
『……あの』
『なに』
『威圧とかしてます?』
『してない』
『してます』
断言すると、ほんの少しだけ首を傾げた。
『…自覚はない』
『そうですか』
『——あっ』
小さな声。
地面と体がぶつかる音。
視線をやると、五、六歳くらいの男の子がつまずいて、前のめりに倒れていた。
膝を擦りむいたらしい。
私が子どもに駆け寄ろうとすると。
セイさんが、もうそこにいた。
『………』
何も言わない。
まるで最初からそうだったみたいに、自然に、子どもの前にしゃがみこんでいる。
『痛いか』
『…だいじょうぶ』
…見れば分かる。強がりだ。
『そうか。歩けるか?』
『うん』
子どもが立ち上がろうとする。
でも、バランスを崩して倒れそうになる。
それを支える、セイさんがいた。
『…歩ける?』
もう一度、同じことを聞いた。
『…歩けない』
『よく言えました』
表情はまったく変わらなかったけど、私には、そこになによりも深い優しさがあると、そう感じた。
『1人?お母さんはいる?』
『一人』
少し頷いた。
『乗って』
子どもをおんぶしようとしている。
『お家はどこかな』
『あっち』
子どもが指を指す。
さっき買った、セイさんが持っていた食材は、いつの間にかどこかに消えていた。
『セイさん』
『なに』
『私もついてきますね』
『わかった』
子どもは、セイさんの背中にしがみついていた。
『あったかい』
『そう』
その後、会話はなかった。
『ここ』
『分かった』
家の前に着くと、セイさんは、ゆっくりと子どもを降ろした。
『あとは頑張って』
それだけ言って、背を向けた。
『…ありがとう』
小さく、子どもが言った。
『なんで助けたんですか?』
『誰でもやる。私がやらなければ、他の誰かがやっていた。君がやろうとしていたようにね』
『そうですか』
私の家に着いた。
『今日はありがとう』
『いえいえ。とんでもないです』
『記念日は7日後だったかな』
『はい』
『分かった。その日は、君たちを迎えに来る』
『一人でこれます?』
『…増えたな』
『こればっかりはセイさんが悪いです』
『そうか』
それだけ言って、森の方向に帰っていった。
———————————————————————————
『…すごい人だったなぁ』
『だろ』
『うわぁ!』
『よっ』
『いつの間に帰ってきたの』
『セイが早く帰ってこいっていったから、爆速で走ってきた』
『そっか。それで、なんで早く帰ってこなきゃいけなかったのか分かった?』
『わかんな…』
わかんない。
そう言おうとしたら、雨が降ってきた。
『こういうことらしい』
『あの人、神様かなんかなの?』
『分からん』
雨は、最初霧みたいだった。
——————————————————————————
『こんばんは』『こんばんは』
『…記念日は明日だろう』
『待ちきれなかったんだよ。俺も、ユイも』
『……はぁ。入れ』
明日に用事があるときに限って、夜更かししちゃうよね。




