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それでも、人として

こんばんは

作者: マーク
掲載日:2026/01/29

『話したいことがたくさんあるんだ!』


『そう。入れ』


あの出来事から俺は、定期的にセイに会いに来ていた。


最近は専ら、恋愛の話ししかしていない。

何も言わず聞いてくれるから、甘えてるのかもしれない。



『それで、本題はなに』


他愛のない、最近の近況報告みたいな話をしてたら、セイがそう言った。


『そろそろ彼女と付き合って一年になるんだ。それで…』


『記念になにかプレゼントしたいんだけど、何を渡せばいいか分からない?』


『そう!』


セイと出会ってから三年ほど経ち、俺は二十四になった。

彼女と付き合うときも相談に乗ってもらった。


『相手の人は、何歳だっけ』


『二十二』


『…そうだな。形に残るものがいい?』


『どっちでも。ユイが喜んでくれるなら、それで』


『君らしいね』


そう言って、少し笑った。

たまにだけど、セイも笑うようになっていた。

それがなんとなく、嬉しかった。


セイが少し下を向いて、考え始める。


『…仕事で離れている時間も多いだろうし、離れていても寂しくないようにできるものが良さそうかな』


『確かに』


具体的にこれ。じゃなくて、まず属性から話す感じ、セイと話してるなぁ~。


『彼女の趣味とか、好みは分かる?』


『えっと…俺?』


『……はぁ』


『ため息つくなよ』


『惚気はいいから』


『そう言ってもな…』


ユイのことを知りたいと思っても…なんというか、異常なぐらい俺のことが好きなこと、しか伝わってこないというか。


『君の等身大の人形でも渡せばいいんじゃないかな。作れるよ、私なら』


『投げやりになるなよ~』


『はぁ…』


もう一度、ため息をつく。


その後、セイは、少し考えていた。


表情変わんないから、考えているのか話すのが面倒なのか判断つかないけど。



『君は、彼女が好き?』


『もちろん』


何当たり前のこと言ってんだ。


『…じゃあ、その記念日。その日はずっと、彼女と一緒にいればいいんじゃない』


『それは前提だっ』


記念日に、それ以外のことを優先する必要あるか?

一度しかないのに。


…公的文書の依頼は来ない…はず。


『あ。そうだ。ここに呼んでいい?』


『は?』


『いや、俺がセイのことを話すと毎回、会ってみたいって言うんだよ』


『なんで』


『お礼がしたいって』


嵐のとき泊めてらもらったことを話したら、直接会って礼をしたいと言うようになった。


『あー……』


心底めんどくさそうな顔をしている。

これは確実にそう。


『嫌か?』


『その、一年記念日の日にくるのか?』


『…セイのおかげで出会えたようなものだし。俺も、その日はセイといたい』


『…わかった』


『ほんとか!?』


まじ?断られると思ってた。


『…それなら、町に買い出しにいかなきゃいけないな』


『え!?セイが町に行くのか!?』


『…そんなに驚くことでもないだろう。必要なら町にも行くさ』


『お金は』


『そりゃもちろん。君が出すんだ』


『そりゃそうか』


お願いしてる立場だしね。


『えーっと、一人で行けるのか?』


『私は子供じゃない』


『それは分かってるんだけど…』


長年家に閉じ込められてて、世間のことを全然知らないお姫様みたいになりそう…。


『…俺が一緒に行きたいんだけど、そろそろ仕事なんだよな…』


『だから、私は子供じゃない。一人で行ける』


『セイ』


『なに』


『今から、俺の家に行こう』


『……は?』


––––––––––––––––––––––––––––––––



『森を出るのはいつぶりだろうね』


『…何歳なの?』


『覚えていない』


セイは、自虐みたいにそう言った。

自分自身を否定している言葉みたいに聞こえた。




いつの日か一緒に歩いた道を、今度は横並びで歩く。


『今、君の家に彼女がいるのかい?』


『うん』


『それで、君はこの後仕事があるから、その彼女さんに、買い出しの同行をお願いすると』


『そう』


『記念日に私の家に来ることにした意味は?私に会いたいというのなら、今日達成される』


『彼女にあの家を見せたい』


『………』


不服そうだ。


『…まぁ、君たちがそれでいいならいい』


『ありがと』


それにしても。

セイが町に入ったら目立つだろうなぁ。

目をつけられなきゃいいけど。


『あそこに見えるのが、俺たちが住んでる町』


『そう』


何かに驚く様子もなく、ただ町に向かって歩いていく。


『ついたー』


もう慣れたものだけど、そこそこ距離あるんだよな。



『……………』


町に着いた途端、セイが黙った。

なんだ?


…表情変わんねぇな、こいつ。

なに考えてんのかわかんね。


『おお!ツグ!』


おわぁ!

セイの方を見てたから気付かなかった。


知り合いに見つかったのか。


『おぉ!…あれ?お前の担当ここじゃなくね?』


『仕事じゃないと来ちゃいけないのか?』


『そんなこといってねーだろが』


『ははっ。まぁ、仕事なんだけどな…』


『…かわいそうに』


『やめろっ!悲しくなるだろ』


かわいそうに。


『…誰だ?そのべっぴんさんは』


セイの方を見ながら言う。


『俺の恩人』


『…あぁ!あれか、お前がいつも話してる…』


『やめろ』


恥ずかしいだろ。


『…えらい、綺麗な人だな』


『かっこいいだろ?』


いろいろ自慢してやりたいぜ。

セイのすごさを。


『ツグ』


『ん?』


『早く案内しろ』


『あぁ、すまん。じゃあな』


『おう』


離れる。


『なんかあったか?』


様子がなんとなく変だ。


『…ツグ』


『ん?』


『………いや、なんでもない』


『それなんでもあるやつだろ。俺がそうだったからな』


『……』


『?』


なんだ?

セイらしくない。


『救われる瞬間が一度でもあったなら。それでもう、いいのかも知れないね』


『…はい?』


『君が話して欲しそうだったから話しただけだよ』


『話しの途中から話してるだろそれ』


『君、この後仕事なんだろ。急がなくていいのか』


『そうだった!』


ユイに事情を話さなきゃだし。







『ユイー』 

 

扉を叩きながら名前を呼ぶ。


『……!』


家のなかから、大きな物音がした。

俺が急に帰ってきて焦ったのかな。


『ツグ!』


『うおっ!』


扉が開いた瞬間、ユイが飛び付いてきた。

押し倒される形になる。


『おかえり!』


『…あぶないからやめようね』


起き上がる。


『セイさんの家から直接お仕事行くんじゃなかったの?』


『ユイ』


セイを指差す。


『…セイ、さん?』


『そう』


ユイの顔が、ぱぁっ、と明るくなる。


『あなたが?!』


セイの手を取って、上下にぶんぶんしている。


二十一歳ってこんなに落ち着きなかったっけ?


『初めまして。ユイさん』


『はい!初めまして!』


『…とりあえず、手を離してもらえる?』


『あぁ、ごめんなさい』


『ユイ、とりあえず家に入ろう。みんなこっち見てる』


『わ、ほんとだ。どうぞ、入ってください』



みんなで一緒に家に入る。



『私が住んでる家とそこまで変わらないね』


『そうかもな』


セイの家いいなぁと思ってたから、自然とそうなったんだろう。


椅子に座る。


『それで?なんでセイさんをここに連れてきたの?』


ユイが俺に聞く。


『そろそろ付き合って一年だろ?その日、セイの家でパーティーをすることになったんだ』


『そうなの!?』


嬉しそうだ。よかった。

ほんと幸せもんだな、俺。


『おう。そんで、全然森から出ないセイだけじゃ不安だから、ユイに、セイと一緒に買い出しをお願いしようと思って』


『わかった。任せて』


『ありがとう。俺は仕事行くから、よろしくな』


『うん。いってらっしゃい。頑張ってね』


『おう。いってくる』


『ツグ』


『なんだ?』


『早めに帰って来た方がいい』


『…分かった』


そう言って、家を出た。


———————————————————————————


『セイさん』


『はい』


『まず、やることがあります』


『…えーっと?』


『髪を!切ります!』


棚からハサミを取り出す。


『え』


『え。じゃないです!話しには聞いてましたけど、それじゃ前見えないじゃないですか!…いや、前見えないどころか、床着いちゃってますよ!』


せっかく綺麗な髪なのに。


…ありゃ?床に着いてるのに全然汚れてない。

ツグが言ってた、よくわからないけどなんかすごいところがたくさんある、の一つかな?


『そうだけど…』


『目立つでしょ!ただでさえ白髪なんですから!』


『あー。確かにそう…かも』


見た目に無頓着なのも、聞いてた通りだ。


『じゃ、ここ、座ってください』


『分かった』





髪を切っていく。


『…やっぱり、綺麗ですね』


『…そう?』


『はい。羨ましいです』


『そっか』


褒められても全然嬉しくなさそう。


私は、ツグに可愛いところ見せようと必死だっていうのに。なんかむかつく。


『…セイさん』


『なに』


『ありがとうございます』


『…………』


『あなたがツグを泊めてくれたおかげて、私はツグに会えました』


『…人としてやるべきことをやっただけだよ』


『私も同じようなものだったから分かります。最悪を考えているときに、それを回避できるなにかが目の前に現れる。その感覚を』


『…君は、ツグに助けてもらったんだよね』


『はい。森で盛大に転んで動けなくなっているときに、セイさんの家から帰ってくるツグと会って。家までおんぶして連れていってくれたんです』


『…そう』


セイさんが一瞬、ほんの一瞬目を伏せた。


『ツグ、よくいうんです。セイさんに会ってなかったら、今の俺はなかった。って』


『…そう』


手を動かしながら、そう言った。


少し切るたびに、どちらかと言えば灰色に近い色の髪が、床に落ちる。

不思議なことに、落ちた髪はすぐに消えていく。

本来なかったもののように。

溶けるように。


…不思議な人。


『…私は、私が人であるために、そのために。エゴを押し付けただけに過ぎないよ。彼がもし、泊まらないと言っても、嵐のなかを外に出ようとしても、私はそれを許さなかったろう』


『…セイさん。ひょっとしてセイさんは、自分が嫌いですか』


『…そうだね。否定はできない』


落ちた髪が、また消えていく。


『…なんだか、自分を否定しようとして、物事を考えている気がします』


『そう…見えるかい』


セイさんは、くたびれたおじいちゃんみたいに、言葉を紡いだ。


『はい』


正直に答える。


『自分を責める方向にだけ、理由を集めてる気がします』


『…大きな力には、責任が伴う。何度も言われた言葉だ。…人を助けた。…人を殺した。私の目には何が映ってる?』


『…なにが映ってるんですか』


『なにも映っていない』


『…え?』


『私は目が見えない。…見えないというよりも、見えすぎてなにがなんだか分からない。人の顔なんて、どんなものだったか覚えてすらない。耳も同じようなものだ。感触も同じ。だから私は、ただ、なんとなくで動いている。なぜかは知らないが、それでだいたい上手く行く』


『………』


『…こんなものに、責任がついてくるらしい、望んだことは一度だってない。…私が話すことは、いつだってただの事実だ。もし私が自分を嫌いでも、事実しか喋らないよ』


『…いや。話しすぎた。ツグに似てるからかな』


『ツグは、それ知ってるんですか』


『知らないだろうね。予測はしているかもしれないけど』




『…君も、彼も、私を人として扱う』


『…あなたが、人にこだわる理由って、なんなんですか』


ツグから聞く話しでも、よくでてくる。

なにか特別な思いがあるようにしか思えない。


『素敵だと思ったんだ』


『え?』


『汚いところも、貪欲なところも、醜いところも、……助けることをやめられないところも。素敵だと思った。だから、1度は諦めた生を、人として生きてみたいと思った』


『…あなたがどんな人生を歩んできたか、私には分かりません。だけど、少なくとも私は、あなたがいたおかげで、今とても幸せです』


『そう』


過去に思いを馳せてるような、そんな表情だった。

 



『…はい!』


『終わった?』


『はい。かっこよくなってますよ~』


『そう。じゃあ、行こう』


自分の見た目にまったく興味がないみたい。


『セイさん。普通の人は自分の見た目を気にするんですよ』


『そう』


嫌味を言ったつもりだった。

…少し動揺するかと思ったけど、ぜんぜん反応がない。


『早く。行くぞ』


『わかってますけど!』


マイペースというか、なんというか。


戸締まりを確認して、外に出る。


『なにが必要なんですか?』


『…パーティー。3人』


そのあと、ちょっと黙った。


『シチュー、パン、サラダ、ローストチキン、アップルパイ。…こんなものでいいか』


『豪華ですね』


ツグから聞いていたけど、料理上手いんだなぁ~。

…今度教えてもらおう。


『あ、お金あります?』


『ない』


『相場とか分かります?』


『分からない』


『ツグの気持ちがわかりました』


頑張ってるね、ツグ。


『じゃあ、基本的には私が会計しますから』


『そう。じゃあお願い』


町を歩く。

昼過ぎはいつも賑やかだ。

子供たちの笑い声が聞こえる。


その中のセイさんは。


浮いている。


髪を切って、その中性的な顔が見えるようになったからなのか、余計目立っている気がする。


髪切ったの失敗?

でもなぁ。


『なんか、見られてますね』


『そう』


なんだこの人。



店を回る。


食材を買った。


なんだか、いつもより交渉が楽…というか、商人の方が一歩引いていた。


セイさんに買い物させたらお金が浮くのでは?


『……あの』


『なに』


『威圧とかしてます?』


『してない』


『してます』


断言すると、ほんの少しだけ首を傾げた。


『…自覚はない』


『そうですか』



『——あっ』


小さな声。

地面と体がぶつかる音。


視線をやると、五、六歳くらいの男の子がつまずいて、前のめりに倒れていた。

膝を擦りむいたらしい。


私が子どもに駆け寄ろうとすると。


セイさんが、もうそこにいた。



『………』



何も言わない。

まるで最初からそうだったみたいに、自然に、子どもの前にしゃがみこんでいる。


『痛いか』


『…だいじょうぶ』


…見れば分かる。強がりだ。


『そうか。歩けるか?』


『うん』


子どもが立ち上がろうとする。

でも、バランスを崩して倒れそうになる。


それを支える、セイさんがいた。


『…歩ける?』


もう一度、同じことを聞いた。


『…歩けない』


『よく言えました』


表情はまったく変わらなかったけど、私には、そこになによりも深い優しさがあると、そう感じた。


『1人?お母さんはいる?』


『一人』


少し頷いた。


『乗って』


子どもをおんぶしようとしている。


『お家はどこかな』


『あっち』


子どもが指を指す。


さっき買った、セイさんが持っていた食材は、いつの間にかどこかに消えていた。


『セイさん』


『なに』


『私もついてきますね』


『わかった』


子どもは、セイさんの背中にしがみついていた。


『あったかい』


『そう』


その後、会話はなかった。





『ここ』


『分かった』


家の前に着くと、セイさんは、ゆっくりと子どもを降ろした。


『あとは頑張って』


それだけ言って、背を向けた。


『…ありがとう』


小さく、子どもが言った。







『なんで助けたんですか?』


『誰でもやる。私がやらなければ、他の誰かがやっていた。君がやろうとしていたようにね』


『そうですか』




私の家に着いた。


『今日はありがとう』


『いえいえ。とんでもないです』


『記念日は7日後だったかな』


『はい』


『分かった。その日は、君たちを迎えに来る』


『一人でこれます?』


『…増えたな』


『こればっかりはセイさんが悪いです』


『そうか』


それだけ言って、森の方向に帰っていった。


———————————————————————————


『…すごい人だったなぁ』


『だろ』


『うわぁ!』


『よっ』


『いつの間に帰ってきたの』


『セイが早く帰ってこいっていったから、爆速で走ってきた』


『そっか。それで、なんで早く帰ってこなきゃいけなかったのか分かった?』


『わかんな…』


わかんない。

そう言おうとしたら、雨が降ってきた。


『こういうことらしい』


『あの人、神様かなんかなの?』


『分からん』


雨は、最初霧みたいだった。



——————————————————————————


『こんばんは』『こんばんは』


『…記念日は明日だろう』


『待ちきれなかったんだよ。俺も、ユイも』


『……はぁ。入れ』


明日に用事があるときに限って、夜更かししちゃうよね。

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