ツインテール姐さん成長物語 ――元気が余りすぎた結果、ヒロインになりました 第3話 世界は冷えても、ウチは建てる――不景気の中で走る理由
2008年。
テレビをつけたら、暗いニュースばっかり流れていた。
「リーマンショックによる世界同時株安」
「景気後退」
「先行きは依然として不透明」
コメンテーターは眉間にシワ寄せてうなずき、
画面の下には不安を煽る赤いテロップ。
赤嶺真人は、ソファにどっかり座り、リモコンを握りしめたまま天井を見上げる。
「……なあ春菜。
世の中、結構ヤバないか?」
洗濯物をたたみながら、春菜はさらっと返す。
「せやね」
「会社、大丈夫やろか……」
「たぶん大丈夫ちゃう?」
「……たぶんて何やねん」
その瞬間だった。
「うわあああああ!!」
廊下を全力疾走で駆け抜ける影。
美月である。
リビングを横切り、ソファの周りを一周し、クッションを踏み台にジャンプ。
「みーちゃん!
家の中、走ったらあかん言うてるやろ!」
「やだー!」
止まらない。
一切、止まる気がない。
真人はテレビから目を離し、ぽつりと言った。
「……なあ」
「何?」
「この子、
狭い家、向いてへんのちゃうか?」
春菜は洗濯物を持ったまま、ふっと考える。
「……せやな」
この一言で、
赤嶺家の未来は静かに、しかし決定的に動き出した。
数日後。
夕飯の食卓。
味噌汁をすすりながら、春菜が何気なく言う。
「家、建てへん?」
箸が止まる。
「……は?」
「戸建てやで」
「……はぁ!?
今このタイミングで!?」
横で美月が元気よく割り込む。
「はしれるやつ!」
「そうそう」
春菜はうなずく。
「この子な、
走り回っても迷惑かからへん家が要るねん」
「理由、
そこなん!?」
「今はまだ可愛いけどな」
春菜は淡々と続ける。
「このまま成長したら、
マンションやったら苦情くるで」
真人は想像した。
小学生になった美月。
廊下を全力疾走。
ジャンプ。
着地。
階下からドン!という音。
「……それは、
確かに地獄やな」
「せやろ?」
理屈が強い。
反論の余地がない。
世間は相変わらず不景気一色だった。
「今は家建てる時期ちゃう」
「もうちょい様子見た方がええ」
そんな声が聞こえてくる。
だが赤嶺家では事情が違った。
「今やからこそやで」
春菜は言う。
「世の中が不安定やからこそ、
家族が落ち着ける場所が要るんちゃう?」
「……それ、
もっともらしく聞こえるのが腹立つな」
その時も、美月は走っていた。
さらに追い風が吹いた。
真人の実家近く。
昔、町工場があった土地が分譲地として売りに出されていたのだ。
「……ここ、
ええんちゃうか?」
真人が恐る恐る言う。
春菜は地図を一目見て即答した。
「ここにしよ」
「はっや!!
もうちょい悩まへん?」
「近いし、環境ええし、
小学校も近い」
美月が地図を指でなぞる。
「ここ、はしれる?」
「走れるで」
「やったー!」
この時点で、ほぼ決定である。
その夜。
真人は一人、電卓を叩いていた。
「……なあ春菜」
「何?」
「このローン、
何年払いなん?」
「長いで」
「……何十年?」
「そのくらいやな」
真人は、そっと電卓を伏せた。
(……俺、
この子が大人になるまで、
ずっと働くんやな)
だが、リビングからは笑い声が聞こえる。
「おとーさん!
みてみて!」
美月が全力で回転し、
そのままコケる。
「危なっ!」
「だいじょーぶ!」
その姿を見て、真人は小さく笑った。
「……まあええか」
不景気でも、
政情が不安定でも、
赤嶺家が家を建てる理由はひとつ。
――元気が、余りすぎている。
こうして、
世界が冷え切る中、
赤嶺家のマイホーム計画は
勢いだけで走り出した。




