ツインテール姐さん成長物語 ――元気が余りすぎた結果、ヒロインになりました 第2話 松原市、走る目撃情報――あの可愛い子、止まらへん
大阪府松原市。
住宅街と商店街がほどよく混ざり合い、夕方になると自転車のベルと晩ごはんの匂いが同時に漂う、いかにも「暮らしの街」である。
その街で、近所の人たちが密かに共有している情報があった。
――赤嶺さんとこの子、可愛いけど……
――元気、ちょっと余りすぎちゃう?
赤嶺美月。
まだ幼い。だが、朝から全力だった。
ベビーカー?
嫌がる。
手をつなぐ?
三歩で振りほどく。
「みーちゃん、待って!」
母・春菜の声が響いた時には、すでに美月は五メートル先。
しかも、振り返って笑っている。
「まってるでー!」
待っていない。
松原市の朝は、
・新聞配達の自転車
・犬の散歩
・全力疾走の美月
で構成されていた。
近所のおばちゃん・藤井さんは、毎朝ベランダからその様子を眺めている。
「……あの子、今日も走っとるなぁ」
「昨日も走ってましたよ」
「一昨日もや」
もはや定点観測である。
美月は、なぜか人に好かれた。
理由は単純だ。
笑顔がまぶしく、声が大きく、
誰にでも臆さず話しかける。
「おはよー!」
「それ、なにしてるん?」
「犬、触ってええ?」
警戒心ゼロ。
ただし、体力もゼロにならない。
公園に行けば、
年上の子の輪に混じり、
いつの間にか先頭に立つ。
「つぎ、こっち!」
「ならぶでー!」
「ないてる子おる!」
誰も指示していないのに、
なぜか指示を出している。
父・真人は、ベンチでそれを見ながら首をかしげた。
「……あれ、
ウチの子やんな?」
春菜は即答する。
「あなたの遺伝ですね。
主張強めなところ」
「そこは否定せえへんのな」
帰り道。
商店街で八百屋のおじちゃんに声をかけられる。
「赤嶺さんとこの子、
今日も元気やなぁ!」
「いつもすいません……」
「いやいや、
あの子見たら元気出るわ」
美月は得意げに胸を張る。
「ウチ、はやいで!」
「せやな、
風みたいや」
その日の夕方。
真人が仕事から帰ると、
玄関でいきなり体当たりされた。
「おとーさん!!」
「うおっ!?」
タックルである。
「今日な!
はしって!
すべりだい!
すべりだい!
はしって!」
「……順番に言お?」
話が追いつかない。
夜。
布団に入っても、美月は目がキラキラしている。
「なあ、おかーさん」
「なに?」
「きょう、たのしかった」
春菜は、そっと頭を撫でた。
「それは、ええことやな」
美月は満足そうに目を閉じる。
……が、五秒後に開く。
「明日も、はしる?」
「……走ります」
真人は天井を見ながら思う。
(この子、
止まるタイミング知らんな)
だが、不思議と疲れはなかった。
騒がしくて、落ち着きがなくて、
でも家の空気は明るい。
松原市のあちこちで、
今日も噂が立つ。
「赤嶺さんとこの美月ちゃん、
ほんま可愛らしいなぁ」
「でもな……
元気すぎひん?」
この頃、
まだ誰も知らない。
この“止まらない美少女”が、
やがて“ツインテール姐さん”と呼ばれ、
前に立ち、場を回し、
ヒロインになる未来を。
だが松原市は、
すでにその第一歩を、
目撃していた。




