ツインテール姐さん、薔薇より気高く剣より早い
赤嶺美月、五歳。
その日、彼女はいつもより少しだけおすましして阪急電車に乗っていた。母・春菜と一緒に向かう先は、街の人々が「夢の殿堂」と呼ぶ大劇場。赤い絨毯、天井の高いロビー、きらきらした人の波――そのすべてが、すでに非日常だった。
客席が暗くなり、幕が上がる。
豪奢な宮殿、翻る軍服、咲き誇る薔薇。
王妃と革命、誇りと剣。
そして現れた、凛とした立ち姿の“男装の麗人”。
その瞬間、美月の世界が止まった。
(……あの人……カッコええ……)
歌も台詞も、ほとんど理解できていない。
だが、背筋の伸びた立ち姿、迷いのない視線、民を守るために剣を取る覚悟。
それだけで十分だった。
拍手が鳴りやまず、フィナーレで階段を降りてくる姿を見たとき、美月は息を止めていた。
終演後、春菜は娘の異変に気づく。
いつもなら感想をまくしたてるのに、美月は黙ったまま、背筋を伸ばして歩いている。
阪急電車に揺られながら、突然、美月が口を開いた。
「母上。
この国は、私が守ろう」
春菜は固まった。
「……え?」
声が低い。
言葉遣いが妙に気高い。
昨日まで任侠口調や協和語を使っていた娘とは思えない。
翌日、公園。
蓮が恐る恐る近づく。
「み、美月ちゃん……今日は……?」
美月は風に髪をなびかせ、遠くを見つめた。
「蓮。
民の声を聞くのも、指揮官の務めだ」
蓮
「??????
(今度は何!?貴族!?軍人!?)」
ブランコの鎖を剣に見立て、軽く一礼。
「案ずるな。
私は、ただの女ではない」
蓮
「それ前にも聞いたけど!
今回は方向が違う!!」
遊具の前で順番を抜かそうとした子には、静かにこう言った。
「規律を守れ。
それが自由を守る唯一の道だ」
なぜか全員が従った。
蓮は混乱したまま、砂場に座り込む。
「……もう何者か分からん……」
家に帰ると、事態はさらに進行する。
美月は自分の掛け布団を腰に巻き、即席のロングドレスを作った。
どう見ても寝具なのに、本人の中では“栄光のフィナーレ衣装”である。
「それでは皆様……
今宵の舞台に、感謝を」
三段しかない段差を、大階段のつもりでゆっくり降りる。
父・真人
「……また新しいフェーズ来たな」
春菜
「任侠より姿勢ええの、なんでか腹立つわ」
美月は一人、拍手を要求し、深々と礼をした。
「喝采を。
それが、舞台人への礼儀だ」
父母は顔を見合わせ、同時にため息をついた。
「……まあ、元気やし」
「そのうち終わるやろ」
だが、この“男装の麗人期”は意外と長かった。
美月はしばらく、気高い口調で過ごし、蓮を「副官」扱いし、しろくま先生には「心の友よ」と語りかけた。
そしてある日、祖父・清一がぽつりと言った。
「ええもん見たな、美月」
美月はうなずく。
「ああいう人になりたい。
強くて、優しくて、前に立つ人に」
清一は笑った。
「それでええ。
役は変わっても、芯は同じや」
後に、誰もが知ることになる。
任侠口調も、協和語も、お天気お姉さんも、男装の麗人も――
すべては“舞台の中央に立つための練習”だったのだと。
ツインテール姐さんは、今日も掴みどころがない。
だがその変幻自在さこそが、
やがて戦隊ヒロインとして、多くの人を惹きつけ、守る力になる。
まだ五歳。
けれどその背中には、すでに拍手が似合っていた。




