赤ちゃん編①
2002年3月22日。『桃園はな』は、広島県で生まれた。
桃園家の長女。両親は、会社員でごく普通の家庭の第1子。
父の『桃園政宗』は、桃園家の次男であるため本家には、下記のメンバーが暮らしていた。
祖母『由紀子』(48)
祖父『昭雄』(53)
父の兄『崇』(27)
その妻の『麻子』(27)
娘の『優香』(1)
政宗の弟『陽人』(高校生3年生)
平凡な、はなの人生に転機が起きたのは、2002年8月。福岡の桃園本家に1本の電話がかかってきた。その電話に出たのは、長男の嫁『麻子』だった。
「はい、桃園です。あら、政宗くん。どうしたの? え?お母様?いるけど……。」
麻子は、電話を一旦保留にして姑の由紀子を呼びに行く。
由紀子は、長男の崇よりも次男の政宗を溺愛していたので、正直麻子はあまりいい気はしていなかった。
「まーくん、久しぶりね」
政宗から電話がかかってきたことが嬉しくて、由紀子の声はとてもワクワクしたように聞こえた。
しかしながら、どんどん声色が変わっていく。
その変貌が麻子は怖くてたまらなかった。
「わかったわ。すぐお父さんと行くから待ってなさい。え、分かった。来てくれるのね。明後日、待ってるわ」
由紀子は、少し怒っているかのように感じた。
いつもは、政宗が来るとなるとそれまで機嫌が良い由紀子がその時は、少しピリついているように見えたのである。
その日のうちに麻子と崇、そして信長にも由紀子から事実が告げられた。
「さっき政宗から電話があって、うみさんが、はなを置いていなくなったらしい」
「は?」
生後5カ月のはなを置いて次男の嫁『うみ』が、広島の自宅を失踪してしまった。
そのことを聞いて、崇と陽人は、とても動揺していた。
うみさんは、基本的におっとりした性格だが、ときどきヒステリックになることを、家族全員、政宗から聞いていた。
しかしながら出ていくことは誰も想像がつかなかったのである。
ただ一人。麻子だけは、正直「やっぱりね」という感想だった。
同じ嫁の立場だったが由紀子の、うみに対する扱いは、目に余るものがあった。いつか出ていくと思っていたがそれは、麻子の心の中だけでの話。
絶対口に出してはイケナイ言葉だった。
「それで、どうするの?」
しばらく沈黙が続いたが陽人が、おそるおそる聞いた。
それに対して、先に話を聞いていた昭雄が重い口を開く。
「とりあえず、うみさんがみつかるまで、はなを引き取ることになった」
うみは、高校生の頃に父を。そして昨年、母を亡くしたため簡単にいえば身寄りのない人だった。
政宗も夜勤の仕事があるため専業主婦が2人いる本家に、はなを迎え入れるのは自然の流れである。
それから三日後。政宗が、はなを連れてやってきた。
はなは、美人であるうみさんに似て整った顔をしていて、可愛いタイプの赤ちゃん。
本家の面々がはなに最後に会ったのは生後1ヶ月の頃。この4ヶ月で、すごく大きくなっていた。
「政宗。おかえりなさい」
いつもは、政宗が来ると嬉しそうに外へ飛び出る由紀子も、この日ばかりはとても足取りが重かった。
到着してそうそう政宗は座敷へ通されて、親族会議が始まった。
「それで、うみさんの行方は分かったの?」
重い空気のなか最初に口を開いたのは、由紀子だった。
この親族会議に参加したのは、由紀子、昭雄、崇、そして政宗である。
この日学校の陽人と、嫁の麻子は、参加しなくていいという昭雄の方針でこのメンバーに決まった。
「まだ見つかってない。友達のところにも来ていないらしい」
「どうしてこんなことになったんだ」
昭雄と由紀子は、正直怒っていた。
まだ可愛い盛りのはなを置いて、無責任であるというのが本当の気持ちであった。
それは、家族全員同じ気持ちである。
「あの女、見つけたらタダじゃ置かないわ! 」
「まあまあ、母さん落ち着きなさい」
「何で正宗がこんな目に合わなきゃいけないのよ! 妊娠してなかったらこの結婚ゆるさなかった」
由紀子は、ヒステリックに泣きじゃくりながらそう叫んだ。
政宗も崇も、そんな由紀子をなだめることしかできなかった。
由紀子がその状態では、話ができないので、その日はお開きとなった。
政宗は、『明日仕事があること』『うみさんが帰ってくるかもしれない』という二点から、とりあえず広島の方へ戻ることになり、はなを由紀子へと託す。
それぞれの場所で、うみの行方を捜すことしか、今はできないというのが最終的な結論だった。
「じゃあ、母さん。迷惑をかけるけどしばらくはなを頼むよ」
「わかったわ。貴方の子だものこの子に恨みは無いわ」
由紀子は、いとおしそうにはなを抱きかかえた。
普段は、うみに似ているはなだが、ちゃんと政宗の赤ちゃんの頃にもソックリだった。
この日から、はなは由紀子の全てになった。
麻子は、この時第二子を妊娠中で、はなを育てる余裕がなかったため、はなの養育は由紀子が行うことになった。




