ハロウィン・オヤジフィーバー
「もしもし、親父?」
「うん、来週の日曜の夜。ハロウィンだからさ、
子供たち連れて、お菓子をもらいに行ってもいい?」
「お菓子は……あれで十分。
いつもくれる、せんべいとか。準備はいらないからさ」
「え、ご飯?……ああ、じゃあ、食べてこうかな」
「うん。じゃ、よろしく」
そう言って、俺は電話を切った。
3人の子供たちを、魔女やらゾンビやらに仮装させて。
小さな、ジャック・オ・ランタンのバケツを持たせて、
俺たちは、親父の家に向かった。
***
「トリック・オア・トリート!」
元気な子供たちの声に、
玄関の引き戸が、シャッと音を立てて開いた。
「はいはい、待ってたよ〜!」
現れた親父は──
なんと、
真っ黒なマントをひるがえし、満面の笑み。
……まさかの、ドラキュラ姿。
子供たちは手を叩いて、
「じいじ、すごーい!」と大はしゃぎ。
その親父が差し出したのは、
せんべいじゃなかった。
キャンディ、グミ、クッキーに──
なぜか、マシュマロのタワー。
「親父……これ全部、用意したのか?」
「おう。ハロウィンなんてよく知らねぇけどよ、
お前が買ってくれたスマホで、調べたんだ。
おまえたち、夕飯も用意してあるから、食ってけ」
──お袋が亡くなって、もう3年。
一人暮らしにもすっかり慣れて、
こんなふうに、孫のために準備してくれてるなんて。
……ちょっとだけ、胸が熱くなる。
*
「お邪魔しまーす!」
玄関を抜けて、茶の間に入った瞬間。
──俺は、息を呑んだ。
部屋中にひしめき合っていたのは、ジャック・オ・ランタン……ではなく、
赤提灯──夏祭りの夜を思い出す、あれだ。
壁には、ほおずきの房がずらり。
その真ん中に鎮座していたのは──仏壇だった。
……しかも、やたら豪華。
オレンジの生花に彩られた祭壇には、
見覚えのあるメンバーが並んでいた。
素麺。昆布。水の子。
みそはぎの花に、百味五果。
そして極めつけは──
ナスとキュウリに割り箸を刺した、精霊馬。
お袋の遺影の前に……12頭、整列していた。
うん、これは間違いない。
……お盆飾りだ。
お盆レベル、120。
「ハロウィンってよ、外国の盆みたいなもんだろ?」
いつもと違うじぃじの家に、ぴょんぴょん跳ね回って喜ぶ子供たち。
嬉しそうに笑う親父。
「写真とまったく同じっつーわけにはいかなかったけど、
まぁ……雰囲気だけな?」
……雰囲気どころの騒ぎじゃない。
親父……やりすぎだ。
その時だった。
親父が、カセットテープを持ち出してスイッチを押すと──
マントを脱ぎ捨てた。
……白装束。
……白足袋。
……三角巾。
「トリック・オア・トリート〜!」
孫たちは一瞬ぽかんとして──
……そして、爆発した。
「わあああーー!じいじ、おばけーー!!」
「ほんもの!?ほんもの来たー!!」
親父は、仏壇の前で、カセットテープから流れる「炭坑節」を満足気な顔で踊っていた。
三角巾を揺らしながら、
キュウリの馬にまたがる勢いで。
……そんな親父を見て。
──俺はもう、笑うしかなかった。
確かに、
ハロウィンは“死者の魂が帰ってくる日”だって聞く。
でも──
まさか、ここまで直訳されるとは。
完全翻訳版・和風ハロウィン。
騒ぐだけのイベントとして刷り込まれてた俺には、
それは、あまりにシュールな光景だった。
*
「さ、大したもんじゃねぇけど……食ってけ!」
親父が運んできた料理は、
かぼちゃの煮付け。
かぼちゃのコロッケ。
かぼちゃの味噌汁。
そして、かぼちゃゼリー。
……おまけに、漬物。
「……ぜんぶ、かぼちゃ?」
「近所の人から、山ほど貰ってよ。
そうだ、この赤提灯、町内会から借りてきたんだ。なんか、こんなんだったろ?」
……たしかに。
提灯もランタンも、照らすのが仕事だ。
この緑色のかぼちゃたちは、
ジャック・オ・ランタンにはなれないけど──
親父の手によって、美味しく生まれ変わった。
……それが、この家の“最適解”なんだ。
子供たちは、またしても大喜び。
かぼちゃを手づかみで頬張りながら、
「じいじ最高〜!」と笑っていた。
親父はその様子を、
ただただ、穏やかな顔で見つめていた。
──誰がなんと言おうと。
ブレーカーが心配になるほどひしめく、あの赤提灯たちこそ、
この日の“ジャック・オ・ランタン”だったのだ。
*
食後、俺は、
小さな、プラスチックのかぼちゃバケツを、
親父にそっと手渡した。
「これ、貰ってよ」
親父は頷くと、それを手に持ち、
静かに仏壇へと向かう。
ナスとキュウリの精霊馬の間。
お袋の遺影の前に、
その小さなかぼちゃを、ぽんと置いた。
そして、手を合わせる。
……うれしそうに。
それから毎年、
お盆になると──
ナスとキュウリの隣に、
ちいさな、かぼちゃのランタンが並ぶようになった。
お袋はきっと、
キュウリの馬が引く、かぼちゃの馬車に乗って。
来年の盆と、このハロウィンの日に、
この家に、帰ってくるんだろう。
親父。
ありがとう。
……そのままで、いい。
……どうか──長生きしてくれよな。




