第九章:心と体のつながり
風音と琉輝は徐々に親しくなっていった。放課後に一緒に帰ったり、休日に映画を見に行ったり。風音にとって、初めての恋は新鮮で、時に混乱するものだった。
ある日の放課後、二人は公園のベンチに座っていた。夕暮れの空が赤く染まっている。
「風音、最近変わったよね。」琉輝が突然言った。
「え? どう変わった?」
「俺が転校してきた時の風音と、今の風音は違う気がする。最初はちょっと不健康そうだったけど、今は肌もつやつやだし、目も輝いてる。」
風音は少し照れた。「そうかな……生活習慣を見直したりしたから、かもね。」
「何かあったの?」
風音は少し考えた。琉輝には内臓の声のことは話せないけれど、何か伝えたい気持ちもあった。
「うーん、何て言えばいいかな……自分の体をもっと大切にしようって思うようになったんだ。」
琉輝は真剣な表情で風音を見つめた。「それって、何かきっかけがあったの?」
「きっかけは……ちょっと説明しづらいんだけど。」風音は少し困った表情をした。「でも、自分の体って、すごく複雑で繊細で、一生懸命働いてるシステムなんだって気づいたの。だから、大切にしたいなって。」
琉輝はしばらく黙っていたが、やがて静かに言った。「わかるよ。俺も似たような経験があるんだ。」
「え?」風音は驚いて顔を上げた。
「中学の時、バスケで膝を怪我したんだ。半年くらいプレーできなくて。その時に初めて、自分の体の大切さを実感した。当たり前に動けることって、実は当たり前じゃないんだよね。」
風音は琉輝の言葉に深く共感した。彼も自分なりの方法で、体との対話を経験していたのだ。
「そうだよね。健康って、普段は意識しないけど、失ってから気づくことが多いよね。」
二人は夕暮れの中、しばらく静かに座っていた。風音は自分の体の中の声に、静かに感謝していた。
翌日の体育の授業、風音はバレーボールのスパイクを決めた。チームメイトたちが歓声を上げる。
「すごい、風音!」美咲が驚いた声を上げた。「いつの間にそんなに運動神経良くなったの?」
風音は笑った。「練習したからかな。」
「筋肉の協調性が向上しています。」筋肉が誇らしげに言った。「規則正しい生活と適度な運動の成果です。」
「神経伝達も効率的になっています。」脳が付け加えた。「動きを予測し、適切な運動指令を出せるようになっているわ。」
授業の後、風音は汗を拭きながら、体育館の外に出た。そこで琉輝とばったり出会った。
「さっきのスパイク、見事だったよ。」琉輝が言った。
「見てたの?」風音は嬉しそうに聞いた。
「うん、男子のクラスは外でサッカーだったから。」
二人は水を飲みながら、しばらく立ち話をした。風音は琉輝の隣にいると、何故か体の調子がさらに良くなるような気がしていた。
「心拍は安定しています。」心臓が報告した。「適度に高いけれど、健全な範囲内です。」
「酸素供給も良好です。」肺が言った。「深い呼吸ができています。」
「オキシトシンの分泌が増加しています。」脳下垂体が言った。「これは『絆ホルモン』とも呼ばれ、信頼感や親密さを促進します。」
風音は、自分の体が琉輝といると快適な状態になることに気づいた。それは単なる恋愛感情だけではなく、彼と一緒にいることで、心身が調和するような感覚だった。
放課後、風音は美術室で一人、絵を描いていた。自画像だ。以前なら自分の外見の欠点に目がいっていたが、今は違った。自分の体を構成する複雑なシステム、そしてそれを通して世界と繋がる自分の存在に、新たな見方を見出していた。
「素晴らしい絵ね。」脳が言った。「自己表現は、自己理解の重要な形よ。」
「ありがとう。」風音は心の中で答えた。「私、前より自分のことが好きになれた気がする。」
「それが最も重要なことよ。」脳は優しく言った。「自己受容は、健全な精神の基盤なの。」
風音は筆を置き、窓の外を見た。校庭では琉輝がサッカーをしていた。彼の動きは流れるようにスムーズで美しい。風音は静かに微笑んだ。
「私の体も、私の心も、これからどんどん変わっていくんだよね。」風音は呟いた。
「その通りよ。」脳が答えた。「変化こそが生命の本質なの。大切なのは、その変化を受け入れ、共に成長していくこと。」
風音は自分の絵に最後の一筆を加えた。それは笑顔だった。