第七章:思い出と成長
クリスマスが近づき、街はイルミネーションで彩られていた。風音は友人たちとショッピングモールでプレゼント探しをしていた。
「風音、これ似合いそう!」美咲が可愛いマフラーを見せた。
「うん、可愛いね。」風音は微笑んだ。
買い物の後、友人たちとカフェに入った。風音はいつもなら甘いクリームたっぷりのドリンクを注文するところだったが、今日はホットティーにした。
「あれ? 風音、いつもならチョコレートパフェとか頼むよね?」友人の恵が不思議そうに尋ねた。
「うん、最近ちょっと胃に優しいものを選んでるんだ。」風音は笑顔で答えた。
「健康志向になったの?」
「まあね。」風音は曖昧に答えた。内臓の声が聞こえるようになったことは、誰にも話していなかった。それは自分だけの秘密だった。
カフェでくつろいでいると、胃が静かに言った。「ありがとう。温かい飲み物は私を優しく温めてくれる。」
「どういたしまして。」風音は心の中で答えた。最近は声に出さずとも、内臓たちと会話できるようになっていた。
帰り道、風音は一人で公園のベンチに座った。冬の夕暮れは早く、既に空は暗くなり始めていた。
「ねえ、みんな。」風音は静かに言った。「どうして私に声が聞こえるようになったのか、まだわからないけど……でも、聞こえるようになって良かったと思ってる。」
「私たちもよ。」脳が答えた。「あなたと直接対話できるなんて、貴重な経験だわ。」
「でも、いつかは聞こえなくなるのかな?」
しばらくの沈黙の後、脳が静かに答えた。
「それは分からないわ。この現象に科学的な説明を見つけるのは難しいもの。でも、たとえ声が聞こえなくなっても、私たちはいつでもあなたの中にいるわ。」
風音は空を見上げた。晴れた夜空には星が瞬いていた。
「私、昔のことを思い出したんだ。小学生の頃、よく風邪をひいてた。そのたび、お母さんは『風邪は体からのSOSだよ』って言ってた。当時は意味がわからなかったけど、今ならわかる気がする。」
「素晴らしい洞察ね。」脳が言った。「あなたの体は常にあなたに語りかけているの。痛みや不快感、疲労感……これらはすべて、体からのメッセージよ。」
「そうだね。」風音は冷たくなった手をこすり合わせた。「でも、声を聞く前は、そのメッセージを無視してたんだよね。」
家に帰ると、風音は久しぶりに小学生の頃のアルバムを取り出した。写真の中の自分は、今とは違う顔立ちで、違う体型だった。でも、それでも確かに「自分」だった。
「人間の体って、常に変化してるんだね。」風音はアルバムを眺めながら言った。
「そうよ。」脳が答えた。「あなたの体は常に新陳代謝を繰り返しているの。皮膚の細胞は約27日で入れ替わり、赤血球は約120日で入れ替わる。数年経てば、あなたの体を構成する原子のほとんどが入れ替わるとも言われているわ。」
「じゃあ、私って何なの? 体が変わっても、私は私なの?」
「それこそが『自己』の神秘ね。」脳は静かに言った。「物理的な連続性だけでなく、記憶や経験、価値観の連続性が、あなたというアイデンティティを形作っているの。」
風音はベッドに横になりながら、自分の体の変化について考えた。赤ちゃんから子供へ、子供から思春期へ、そして大人へ。体は常に変化し続ける。それでも、「私」という感覚は続いている。
「不思議だね……」風音はつぶやいた。そして、穏やかな眠りに落ちていった。