第六章:風邪との戦い
季節は秋から冬へと移り変わり、寒さが厳しくなってきた。風音は規則正しい生活を送り、体調も良好だった。しかし、ある雨の日、風音は友達の傘を借りず、ずぶ濡れになって帰宅した。
「大丈夫かしら?」肺が心配そうに言った。「寒い中、濡れてしまうと体温が下がって、免疫力も低下するわよ。」
「心配しすぎだよ。」風音は笑った。「私、最近体調いいし。ちょっとくらい濡れても平気だって。」
夕食後、風音は熱めのお風呂に入り、しっかり体を温めたつもりだった。しかし、翌朝、彼女は喉の痛みと鼻づまりで目を覚ました。
「うぅ……頭が重い……」
風音はよろよろとベッドから起き上がった。
「こらこら! 何をしてくれたんだ!」免疫系が突然騒ぎ出した。これは軍隊の司令官のような威厳のある声だった。「敵が侵入したぞ! 総動員だ!」
「何……何が起きてるの?」風音は鼻をすすりながら聞いた。
「風邪ウイルスよ!」リンパ球が忙しそうに言った。「雨に濡れて体温が下がったせいで、鼻腔と喉の粘膜の防御力が弱まったの。そこからウイルスが侵入したわ!」
「今、私たち白血球が総出で対応しています!」好中球が報告した。これは若く、活発な声だった。「敵を発見次第、貪食して無力化しています!」
「私たちBリンパ球は、抗体を生産中です!」別の細胞が叫んだ。「特定のウイルスに結合して、働きを阻害します!」
「Tリンパ球も出動中! 感染細胞を特定して排除します!」
風音の体内では、激しい戦いが繰り広げられていた。
「体温上昇中です!」視床下部からの報告があった。これは制御室のオペレーターのような冷静な声だった。「ウイルスの増殖を抑えるため、意図的に体温を上げています。これが発熱の正体です。」
「そのため、私たちは熱を放出しにくくしています。」皮膚の血管が言った。「通常なら体熱を逃がすところですが、今は意図的に熱を閉じ込めているのです。」
「だから、寒気がするんだね……」風音は毛布にくるまりながら言った。
「その通り!」脳が説明した。「体が温まろうとして筋肉を震わせているの。これも防御反応よ。」
「喉が痛いのは?」
「それは私の炎症反応です。」喉の組織が答えた。声はかすれていた。「ウイルスと戦うために、血流を増やして白血球をたくさん送り込んでいるのです。そのため、腫れて痛みを感じるのです。」
「鼻水は?」
「それは私たちの仕事!」鼻腔粘膜が誇らしげに言った。「粘液を増やして、ウイルスを洗い流そうとしているのよ。それに、粘液には抗ウイルス物質も含まれているの。」
風音は驚いた。「へぇ……体って、こんなに複雑に防御してるんだ……」
そう言いながらも、風音は辛かった。頭痛は鈍く、全身がだるく、喉は針で刺されるように痛い。
「お母さんに言って、学校休むね。」風音は弱々しく言った。
風音の母は心配そうに娘の熱を測り、38.2度あることを確認した。
「しっかり休みなさい。お粥を作っておくから。」
風音はベッドに横になりながら、体内での戦いに耳を傾けていた。
「マクロファージ部隊、第三区画へ!」免疫系の司令官が指示を出していた。
「サイトカイン生産、増強せよ!」
「喉の粘膜、強化部隊派遣!」
風音は小さく笑った。「まるで戦争みたい……」
「戦争そのものよ!」脾臓が言った。「私たちは常に外敵から体を守っているの。普段はあなたが気づかないだけ。」
「水分……水分が足りません!」細胞たちが訴えた。「代謝産物の除去と、新しい防御物質の輸送のために、水分が必要です!」
「お茶を入れてくるよ。」風音はゆっくりとベッドから起き上がった。
「ゆっくり動いて。」心臓が言った。「今は血液を免疫系に優先的に送っているから、立ちくらみに注意して。」
キッチンでお湯を沸かしながら、風音は考えた。これまで風邪をひくと、ただ不快で面倒くさいと思っていたけれど、実際には体内で壮絶な戦いが繰り広げられていたんだ。
「生姜とハチミツを入れるといいわよ。」喉の組織が提案した。「生姜には抗炎症作用があるし、ハチミツは抗菌作用があるの。それに、喉の痛みを和らげてくれるわ。」
「わかった、ありがとう。」風音は言われた通りにした。
お茶を飲みながら、風音は改めて感じた。自分の体は、一人でに動いている単なる「物」ではなく、無数の細胞や組織、臓器が協力して機能する、複雑で緻密なシステムなんだ。そして、それらは常に彼女を守るために戦っている。
「消化器系、栄養素の吸収を最大化せよ!」胃腸が命令した。「免疫系が必要とするビタミンCとタンパク質を優先的に送り出せ!」
「肝臓、解毒作業を緊急モードに切り替えよ! 免疫物質の合成を増強せよ!」
風音は、改めて栄養のある食事を取ることの大切さを実感した。それは単に「健康のため」という抽象的な理由ではなく、実際に体内で戦っている無数の細胞たちへの補給なのだ。
母が作ってくれたお粥を一口食べると、胃が喜んだ。
「これは良い! 消化に負担がかからず、栄養が吸収しやすい。そして何より温かい!」
その日、風音は一日中ベッドで過ごした。スマートフォンで動画を見たり、漫画を読んだりしながら、時折うとうとした。眠るたびに、免疫系の戦いの音が小さくなっていくのを感じた。
二日目、風音の熱は37.5度まで下がっていた。喉の痛みはまだあったが、頭痛は和らいでいた。
「戦況はどう?」風音は尋ねた。
「順調に進行中です!」免疫系の司令官が報告した。「敵の数は減少傾向にあります。抗体生産も軌道に乗り、ウイルスの増殖を効果的に抑制しています!」
「良かった……」風音は安堵のため息をついた。
「しかし、油断は禁物です!」司令官は厳しく言った。「完全な回復までは、十分な休息と栄養が必要です。」
三日目、風音の症状はほとんど消えていた。
「作戦成功!」免疫系の司令官が誇らしげに宣言した。「敵を完全に排除した! 防御システムの通常モードへの移行を開始せよ!」
「体温、通常値に戻しています。」視床下部が報告した。
「炎症反応、収束中です。」喉の組織が言った。声はもう正常に戻っていた。
「記憶Tリンパ球、配備完了!」免疫系が報告した。「同じウイルスが再び侵入した場合、より迅速に対応できるよう、記憶細胞を配置しました。」
風音は鏡を見て、笑顔になった。顔色も良くなり、目の輝きも戻っていた。
「みんな、ありがとう。本当に頑張ってくれたね。」
「私たちの役目です。」免疫系が謙虚に答えた。「あなたが健康でいてくれることが、私たちの存在意義なのですから。」
「でも、できればもう少し協力してくれると嬉しいな。」腎臓が言った。「予防は治療より簡単なのよ。手洗いやうがい、十分な休息、栄養バランスのとれた食事……これらはすべて、私たちの防御システムを強化するのに役立つの。」
「わかったよ。」風音は頷いた。「これからはもっと気をつける。自分の体を大切にするってことは、みんなを大切にするってことなんだね。」
学校に戻った風音は、保健の授業で習ったことを新たな視点で見るようになった。体の仕組みや免疫システムについての説明を、今や実感を持って理解できる。それは単なる知識ではなく、自分の体内で実際に起きていることなのだ。
そして、おっぱいの悩みも少し変わった。確かに不便なこともあるけれど、それも含めて自分の体なのだと思えるようになった。何より、自分の体が常に最善を尽くしてくれていることへの感謝の気持ちが芽生えていた。
「私たちはあなたのために、24時間365日、休みなく働いているのよ。」心臓が優しく言った。
「そうそう。」脳が続けた。「あなたが眠っている間も、私たちは休むことなく機能しているの。」
「だから、たまには私たちのことも考えてね。」肺がリズミカルに言った。「新鮮な空気、適度な運動、バランスのとれた食事、十分な睡眠……これらは私たちへの最高のプレゼントよ。」
風音は窓を開け、深呼吸をした。冬の冷たい空気が肺に入ると、一瞬身震いがした。
「うん、これからは一緒に、もっと健康で幸せな毎日を過ごそうね。」
体内の全ての臓器と組織が、喜びの声を上げた。