第四章:悩み
生活リズムが整い始めた風音だったが、まだ別の悩みを抱えていた。
ある朝、制服のブラウスのボタンを留めながら、風音は鏡を見てため息をついた。
「どうしてこんなに大きいの……」
風音は自分の胸を見下ろした。中学生の頃はそれほどでもなかったのに、高校に入ってから急に大きくなった。ブラウスのボタンが胸の辺りで引っ張られ、隙間ができてしまう。
「みんな、聞いて。お願いがあるの……」
「なんだい?」心臓が答えた。
「私のおっぱい……もう少し小さくできない?」
一瞬の沈黙の後、子宮が話し始めた。これは落ち着いた、母性的な女性の声だった。
「それはできないわ。あなたの体の発達は自然なことよ。私たちは適切なホルモンバランスに従って機能しているの。」
卵巣も続けた。これは少し若く、活発な女性の声だった。「私たちは健康的な女性の体を維持するために働いているの。エストロゲンやプロゲステロンなどのホルモンを分泌することで、あなたの二次性徴を促進しているのよ。」
「でも本当に困るんだよ。」風音は訴えた。「朝起きて制服を着るとき、ボタンがはち切れそうになるし。体育の授業で走るときはバインダーみたいなスポーツブラをつけないと痛いし。それに男子が視線を送ってくるのがわかるから、廊下を歩くのも嫌になる……」
「それは大変ね。」脳が同情した。
「それだけじゃないよ。」風音は続けた。「肩も凝るし、夏は胸の下が蒸れて湿疹ができるし。おまけに今日は電車で痴漢にも会ったんだよ。混雑した車内で、誰かの手が……」
風音の声が震えた。
「それは本当に酷いことね。」脳が優しく言った。「そんな経験をしたことは、あなたの責任ではないわ。それは完全に加害者の問題よ。」
「でも、だから……小さくなれないの?」
「申し訳ありませんが、それは自然な過程なのです。」下垂体が言った。これは知的で落ち着いた声だった。「私はホルモンの分泌を調節していますが、それは遺伝子によってプログラムされているのです。」
「遺伝子です。」DNAが言った(これは少し機械的な声だった)。「私たちはあなたの設計図のようなもの。身体の発達パターンは、基本的には私たちによって決められているのです。」
「それに、乳腺と乳腺小葉はすでに発達しています。」乳腺組織が言った。「私たちは将来、赤ちゃんに栄養を提供するための準備をしているのです。」
「でも……」風音は抗議しようとした。
「解決策はあるよ。」皮膚が言った。これは柔らかく、包み込むような女性の声だった。「適切なブラジャーの選び方や、肩のストレッチ、皮膚のケア方法を探してみたら?」
「そうね、それに姿勢も重要よ。」脊椎が言った。「正しい姿勢を保つと、胸の重みによる肩や背中への負担が軽減されるわ。」
「胸筋のトレーニングも効果的です。」筋肉が提案した。「胸を支える筋肉を強化すれば、多少は負担が減ります。」
「そうよ。」子宮が優しく言った。「あなたの体の一部を否定するのではなく、上手に付き合っていく方法を見つけましょう。そして何より、あなたが不快な思いをするのは、他人の問題であって、あなたの体のせいではないわ。」
風音はしばらく黙っていた。
「わかった……考えてみる。」
学校に着いた風音は、自分の体を見る目が少し変わったことに気づいた。今までは不満や恥ずかしさを感じることが多かったが、今日は少し違った。これが自分の体なのだ。自分を形作る大切な一部分なのだ。
保健の授業で、先生が思春期の体の変化について話していた。
「皆さんの体は今、大きく変化している時期です。女子は胸が発達したり、月経が始まったり。男子は声変わりがあったり、筋肉がついてきたり。これらはすべて自然な変化であり、人それぞれのペースで進んでいきます。」
風音は真剣に聞いていた。先生の言葉が、内臓たちの言葉と重なって響く。
授業の後、風音は保健室の先生に相談した。先生は適切なブラジャーの選び方や、肩こり解消のストレッチを教えてくれた。また、電車での嫌な経験についても話を聞いてくれ、そのような状況での対処法もアドバイスしてくれた。
「そういう経験をしたのは、あなたのせいじゃないからね。」先生は優しく言った。「必要なら、一緒に警察に行くこともできるよ。」
その日の帰り道、風音は少し背筋を伸ばして歩いた。
「どう? 楽になった?」脊椎が聞いた。「私は33個の椎骨で構成されていて、脊髄を保護しながら、上半身の重さを支えているのよ。姿勢が良くなると、私への負担も減るわ。」
「うん、少し。」風音は微笑んだ。
そして夕方、風音は自分の部屋でストレッチをしていた。スマートフォンでヨガの動画を見ながら、先生が教えてくれたポーズを試していた。
「おお、これはいいぞ!」肩の筋肉が歓声を上げた。「僕たちは常に緊張していたんだ。こうしてほぐしてくれると、血流も良くなるし、痛みも和らぐよ!」
「リンパの流れも良くなるわね!」リンパ節が喜んだ。「私たちは体内の免疫システムの一部として、細菌や異物をろ過する役割をしているの。リンパの流れが良くなると、体の防御機能も高まるわ!」
風音は初めて、自分の体と対話することの価値を感じていた。自分の体のことを知れば知るほど、自分自身についても理解が深まる気がした。
その夜、風音は日記を書いた。
『今日から、自分の体を大切にしようと思う。大きな胸も、ニキビも、太い足も、すべて私の一部。完璧じゃなくてもいい。これが私なんだから。』