第二章:反抗
それから一週間、風音は次第に内臓たちの声に慣れていった。朝起きると肺が「深呼吸して! 酸素は私たちの燃料なんだから」と言い、食事中は胃や腸が食べ物の好き嫌いを主張する。風呂に入れば皮膚が「やっとスッキリ! 汚れや古い角質を落として、正常な機能を取り戻せるわ」と喜ぶ。
当初は恐怖と混乱でいっぱいだった風音だったが、内臓たちの声を不思議に思いながらも、次第に日常の一部として受け入れるようになっていた。しかし、反抗期真っ只中の風音にとって、自分の体からの指図はうっとうしい限りだった。
特に週末の夜、彼女がスマートフォンを見ながらベッドに横たわっていると、眼球が抗議の声を上げた。
「もうやめて! 私は休みたいの! 一日中画面を見続けて、ブルーライトを浴び続けてるから、目の周りの筋肉が緊張しっぱなしなのよ!」
「うるさいな!」風音は声に出して言い返した。幸い、両親は外出していたので、独り言を言っても聞かれる心配はなかった。「ちょっとSNSチェックするだけなのに。」
「『ちょっと』じゃないわよ。」眼球が抗議した。「もう三時間も見続けてるじゃない。涙腺の働きが低下して、ドライアイになってるのよ。」
「そんなの知らないよ。」風音は画面のスクロールを続けた。
その夜、風音はわざと不健康な行動を取ってみることにした。冷蔵庫からカップ麺を取り出し、熱湯を注いだ。
「またインスタント食品?」胃が嘆いた。「なんでこんなに化学調味料と添加物の塊みたいなものを食べるの?」
「うるさいな! 私の体でしょ! 好きにするよ!」風音は声を荒げた。
「塩分過多だぞ……」腎臓が懸念を示した。「私たちは電解質バランスを維持するために働いているんだ。こんなに塩分が多いと、水分を排出しきれなくなる……」
「目が……目が疲れる……」眼球が再び悲鳴を上げた。「長時間のブルーライトは網膜に負担がかかるんだよ……」
「もう知らない!」風音は怒鳴った。「あんたたちは私じゃない! 私が何をするかは私が決めるの!」
カップ麺を食べ終わると、風音はジュースの缶を開けた。糖分たっぷりの炭酸飲料を一気に飲み干す。
「またそんなものを……」膵臓が嘆いた。これは少し疲れた中年男性のような声だった。「私はインスリンを分泌して血糖値を調節しているんだ。こんなに急に糖分を摂取されると、過剰反応してしまうよ。」
「私はあなたを批判したいわけじゃないの。」肝臓がため息をついた。「私たちはあなたの一部なのよ。あなたが健康でいてくれることが、私たちの望みなの。」
「でも、なんでいきなり声が聞こえるようになったの?」風音は不意に疑問を口にした。ここ一週間、ずっと考えていた問いだった。
脳が答えた。「それはまだ分からないわ。ひょっとすると、あなたの体が危機感を抱いているからかもしれない。最近の生活習慣は本当に体に負担がかかっているのよ。」
「そんなに悪い生活してないよ。」風音は反論した。「私の友達はみんな同じようなもんだし。」
「比較の問題ではないのです。」脳は静かに諭した。「あなたの体は、あなただけのもの。他の人と同じだからといって、あなたの体に最適とは限りません。」
その夜、風音は深夜までスマートフォンを見続け、やがて画面を見たまま眠りについた。
翌朝、激しい腹痛と頭痛で目が覚めた。
「言った通りだろう?」胃が呟いた。「私たちの警告を無視したらこうなるんだ。」
風音はトイレで吐き気と闘いながら、弱々しく尋ねた。「どうして……こんなに具合が悪いの?」
「複合的な要因ね。」脳が説明した。「睡眠不足による疲労、高糖分・高塩分食品の過剰摂取による消化器系への負担、長時間の画面視聴による眼精疲労と頭痛……それらが組み合わさった結果よ。」
風音はトイレの床に座り込んだまま、鏡に映る自分の顔を見た。顔色は悪く、目の下にはクマができていた。
「わかったよ……ごめん。」彼女は素直に謝った。内臓たちを無視した結果がこれなら、もう少し耳を傾けた方がいいのかもしれない。
「責めているわけじゃないのよ。」心臓が優しく言った。「私たちはただ、あなたを大切に思っているだけなの。」
その日の朝、風音は久しぶりに朝食をきちんと食べた。食パンにバターを塗り、サラダとヨーグルトを添えた簡単な食事だったが、いつもの菓子パンとは違った。
「おお、これは良い!」胃腸が喜んだ。「バランスの取れた朝食だ!」
風音は微笑んだ。自分の体との会話は、まるで新しい友情のようだった。そして、彼女はようやく理解し始めていた――自分の体を大切にすることは、自分自身を大切にすることなのだと。