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【内臓擬人化ドタバタ短編小説】声なき声を聴く少女 ~私のなかの小さな宇宙」 ~  作者: 霧崎薫
内なる声 - 赤い月のささやき

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第二章:赤い始まり

 午後の国語の授業中、風音はトイレに行きたくなった。一時間前から頻尿を感じていたが、ようやく我慢できなくなったのだ。


「先生、すみません。トイレに行ってもいいですか?」


 教員の許可を得て教室を出た風音は、女子トイレへと急いだ。個室に入り、下着を下ろすと、予感通り薄い赤色が付着していた。


「来たか……」風音は小さくつぶやいた。


「ごめんなさい、もう始まっちゃったわ。」子宮が少し申し訳なさそうに言った。「内膜が剥がれる速度が予想より速かったみたい。」


 風音はポーチから取り出したナプキンを装着し、使用済みのトイレットペーパーをきちんと処理した。


「お疲れさま、子宮内膜。」風音は静かに言った。


 これは彼女なりの儀式のようなものだった。生理は嫌なこともあるけれど、自分の体が健康に機能している証でもある。だから、感謝の言葉を添えることにしていた。


「ありがとう。」子宮が穏やかに答えた。「これは自然なプロセスよ。私たち子宮は、毎月卵子の受精に備えて内膜を厚くしているの。受精が起こらなければ、その準備された環境は不要になるから、剥がれ落ちるというわけ。」


 トイレから教室に戻る途中、風音はふと立ち止まった。腹部に鋭い痛みが走ったのだ。


「うっ……」


「それはプロスタグランジンのせいね。」脳下垂体が説明した。「子宮内膜が剥がれる際に放出される化学物質で、子宮の筋肉を収縮させるの。それが腹痛の原因よ。」


「痛みに耐えながら授業を受けるのは大変だわ。」風音は呟いた。


「保健室に行って鎮痛剤をもらうのはどう?」心臓が提案した。これは穏やかだが、リズミカルな男性の声だった。


 風音は一瞬考えたが、首を振った。「次の授業は数学のテストだから、行けないよ。」


「わかったわ。でも無理はしないでね。」心臓は心配そうに言った。


 教室に戻ると、風音は友人の桜井結衣からの心配そうな視線に気づいた。結衣は風音の親友で、彼女の様子がおかしいことを察したようだ。


 授業が終わると、結衣はすぐに風音の席に来た。


「風音、大丈夫? 顔色悪いよ。」


 風音は小さく笑った。「ちょっと生理が始まったみたいで……」


「あー、それで。」結衣は理解を示した。「私も先週終わったところ。つらいよね。」


「うん、でも大丈夫。薬を飲めば落ち着くと思うから。」


 結衣はカバンを探り、小さな錠剤のパックを取り出した。「これ、私が使ってる鎮痛剤。よかったら使って。水筒あるでしょ?」


 風音は感謝の気持ちで錠剤を受け取った。「ありがとう、結衣。助かるよ。」


「気にしないで。女子の助け合いだよ。」結衣はウィンクした。


 風音が錠剤を飲むと、肝臓が反応した。


「了解しました。この鎮痛剤の処理を始めます。」真面目な声で肝臓が言った。「プロスタグランジンの合成を阻害する成分を全身に行き渡らせることで、痛みを和らげる効果があります。」


「お願いね、肝臓さん。」風音は心の中で答えた。


 数学のテスト中、風音は集中力を保つのに苦労した。腹痛は少し和らいでいたが、全体的な不快感と疲労感は続いていた。


「集中力が落ちるのは、ホルモンバランスの変化も影響しているわ。」脳が解説した。「特にセロトニンという神経伝達物質の変動が、気分や認知機能に影響することがあるの。」


 風音は深呼吸をして、テストに集中しようとした。問題は難しかったが、彼女は前日に十分復習していたため、なんとか乗り切ることができた。


 放課後、風音は結衣と一緒に下校することにした。二人は学校の近くにある小さなカフェに立ち寄った。


「ホットチョコレートでも飲もうよ。」結衣が提案した。「甘いものは気分を上げてくれるって言うし。」


 風音は笑顔で頷いた。「うん、それいいね。」


 カフェで飲み物を注文し、二人は窓際の席に座った。外は徐々に日が落ち始め、街灯が点き始めていた。


「ねえ、風音。」結衣は少し遠慮がちに切り出した。「最近、なんか変わったよね。」


「え? どういう意味?」風音は驚いて尋ねた。


「いい意味でだよ。なんていうか、自分の体をより大切にしているというか……前より健康に気を使ってるというか。」


 風音は少し考えてから答えた。「そうかな。まあ、最近は自分の体のことをもっと知ろうって思うようになったんだ。」


 結衣は興味深そうに聞いた。「何かきっかけがあったの?」


 風音は言葉を選びながら答えた。内臓の声が聞こえるようになったとは言えない。それは彼女だけの秘密だった。


「うーん、なんていうか……自分の体って、すごく複雑で精密なシステムだって気づいたんだ。だから、もっと大切にしたいなって。」


「なるほどね。」結衣は感心したように言った。「私もそう思うようになりたいな。特に生理の時とか、つい自分の体を呪ったりしちゃうけど。」


 風音は微笑んだ。「私もそう思うことあるよ。でも、よく考えたら、生理があるってことは、体が正常に機能してる証拠でもあるんだよね。」


「そういう考え方もあるよね。」結衣は少し驚いたように言った。「私はまだ『面倒くさい』って思っちゃうけど。」


 二人はホットチョコレートを飲みながら、しばらく女子高生らしい他愛のない会話を続けた。部活のこと、クラスメイトのこと、そして少し、好きな男子のことも。


 カフェを出て別れ際、結衣は風音の肩を軽く叩いた。


「無理しないでね。明日も生理で大変だったら、言ってね。」


「うん、ありがとう。」風音は感謝の気持ちで答えた。


 一人で帰路につく風音の体内では、活発な活動が続いていた。


「血液量が少し減少しています。」心臓が報告した。「心拍数を少し上げて対応します。」


「鉄分が不足しそうね。」骨髄が言った。「赤血球の生産のために、もっと鉄分を摂取するといいわ。」


「体温も微妙に上昇しているわ。」視床下部が言った。「これは炎症反応の一環よ。」


 風音はこれらの声を聞きながら、自分の体で起きていることを鮮明に感じた。生理という現象は、体全体に影響を与えていることが分かる。


 家に着くと、風音はまずトイレに行ってナプキンを交換した。それから、リビングのソファに横になった。


「お帰り。」母親が台所から顔を出した。「具合はどう?」


「まあまあかな。」風音は正直に答えた。「ちょっと痛いけど、結衣がくれた薬が効いてる。」


「そう。」真理子は優しく微笑んだ。「晩御飯は温かいスープにしたから。あと、ホットパックも用意しておくわね。」


「ありがとう、お母さん。」


 晩御飯後、風音は温かいシャワーを浴び、自分の部屋に戻った。ホットパックを腹部に当て、ベッドに横になる。


「これは効くわね。」子宮が喜んだ。「熱は筋肉の緊張を和らげるのよ。」


「うん、楽になってきた。」風音は答えた。


 スマートフォンを手に取り、生理管理アプリを開く。今日の日付に生理開始のマークをつけ、症状や気分のメモも残した。


「明日は二日目か……一番量が多い日だよね。」


「そうね。」子宮が答えた。「でも個人差があるわ。あなたの場合は、データから見ると二日目と三日目が多いようね。」


 風音はアプリのグラフを見ながら、自分の生理周期のパターンを確認した。比較的規則正しい28日周期で、生理期間は5日間程度。これは健康な範囲内だと、以前婦人科で言われたことがある。


「よし、明日は念のため多めのナプキンを持っていこう。」


 風音は目を閉じ、深呼吸をした。初日の不快感はあるものの、内臓たちの説明のおかげで、自分の体で起きていることがより理解できるようになった気がする。


 その夜、風音は穏やかな気持ちで眠りについた。明日も彼女の旅は続く。


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