93. 改装
ユーリはシュンテンからの申し出に際して
少々思いつくことがあったのだ。
諸々の裏どりをしてから
サムエルに相談をするべく
今夜の来訪を
ユーリは控え室で一人待っていた。
しかし、こう言う時に限ってサムエルは現れない。
次の日も、その次の日も
転移の姿鏡は、ただの鏡のままであった。
サムエルは最近、ほぼ毎日ここへ来ていたので
こう言うことは久しぶりのことであった。
最初の夜に、サムエルの家の机の上にメモを置いたのだ
・・・最も、あちら側に居てしまうと
魔力切れを起こしてしまうため
控え室の方からメモを、紙飛行機の様に飛ばすしかなかった。
が、それも回収されていない。
何か忙しくしているのだろうな。
と、それについては納得するのだが
例の件を全く相談することができない。
次の日の朝、久しぶりにサムエルから郵便で手紙が届いた。
それを読めば、今は弟子を伴って
エルフ本国の演舞会に行っている。とのことであった。
自宅に戻るのは2週間後
投函されたのは日付を見るに
サムエルを待っていた初日のことだ。
そう言うことなら前日に教えて欲しかった…
となると、サムエルが戻る頃には
シュンテンの親戚は既にチェックアウトしてしまう
と言うことになる。
ユーリは手紙の送り元住所に
諸々計画を手紙に書き付け
サムエルに送る。
もうサムエルに相談せずにやってしまおう。
その日の午後、ユーリはザイカと一緒に
三階の客室にいた。
4名定員の1番大きな部屋であった。
三階にはこの客室が2部屋存在する。
ここは前女店主のアンナとその家族が住んでいた
居住階であったのを
フィヨナお婆ちゃんと、ゴルムおじいちゃんが
改装して宿泊室にしたのである。
そのためか、無駄に広い
と言う印象があるのが三階の客室であった。
「ここにお風呂作るの?ずいぶん豪華だね!」
ザイカは部屋をうろうろみて回る。
今日はザイカの彼氏のブロムにも来てもらった。
ブロムはそんなザイカを穏やかに見守っている。
ユーリは二人にとある旅行雑誌の一ページを開いてみせる。
これはロイヤルオランジェリーパーティの時
お世話になった美容室に置いてあったものを
もらって来たものであった。
もちろん、店主に許可はもらっている。
そのページは西大陸にある
とある宿屋の特集のページであった。
「この宿、ちょっと高級なアパルトマンみたいに
キッチンも、シャワーも自室に全部ついていて
だから長期滞在のお客様も多いみたいなんです。」
ザイカとブロムはその雑誌をまじまじと眺める。
「オーガのお客様に限らずね、ずっと外に出たくないし
滞在中誰にも会いたくないって言う方も少なからずいると思うから
そうすれば、丸一日ここで過ごせると思いまして。」
・・・ユーリはオーガのお客様の他に
この前いらっしゃったアポリーヌ・マルタン様を
ざっくりと、思い出していた。
「この部屋にはトイレがあるから
給水管も排水管も既にある。
作るのはそこまで難しく無いんじゃないかな。」
専門的なことを言ってくれるのはブロムであった。
ブロムの職業は大工なのである。
幸い小羽屋は亡きゴルムおじいちゃんのこだわりで
先の改装により、各客室にトイレが設置された。
共用のトイレが主流である中
かなり革新的と言える改装であった。
「キッチンストーブなんて皆使いこなせるか?」
ブロムは問題点も指摘した。
ユーリとザイカはニマリとした。
「それは、私とユーリ支配人とで解決済みなのですよ。」
ザイカはドヤ顔をしてあの石盤を取り出した。
ここで使うキッチンの釜戸は
例の、魔法陣を利用する。
この世界は最近、キッチンストーブと言う
家庭用厨房が普及し始めているのだが
その要領で、本来火力かまどがあるところに
あの魔法陣を埋め込むのである。
これを、元々暖房用の暖炉があった場所に作る。
「暖房はどうするんだい?」
ブロムが突っ込む。
「それが・・・」
ユーリが最近起こっていることを説明する。
温泉をひいて
建物にその配管を施してからと言うもの
何やら、建物が暖かくなって来ているのを感じていた。
実際、お客様が薪を焚べる量は
その減り具合を見ればわかる。
「多分、温泉の影響で冬も暖かくなってますね。
温かい布団とか、湯たんぽでなんとかなるレベルです。
問題は・・・」
夏、なんだけれども。
これは、今は考えないことにした。
ブロムは、へえーと言いながら顎を弄んだ。
「でもなあ、部屋の中に風呂桶を置くのはあまりお勧めしないぞ?
間取りを大きくリフォームしないと、スペースが足りない。」
ブロムは間取り図を睨んでいる。
「あ、じゃあ、バルコニーに作るのはどうですかね?」
ユーリは窓の外を指差す。
小羽屋のバルコニーはそこそこの広さを誇っている。
ザイカも屋上の露天風呂を思い出してか
ハッとし。
バルコニーに躍り出て
「温泉の給水、排水管、すぐそこだった!」
バルコニーの外を指さしていた。
今度はブロムがバルコニーを見て回る。
職人の目つき手つきでチェックと提案をしてくれるブロム。
「少々強度をあげた方が良いな。防水工事も。
ドワーフ秘伝の琺瑯で、風呂桶を作ってあげるよ。」
「ほうろう・・・?」
ユーリにとっては初めて聞く単語が出てきた。
「琺瑯ってのは
金属の表面にガラス質を高温で焼きつけて作る素材だ。
見た目も綺麗だし、保温性も高い。
さらにドワーフ印は従来のそれより
半分以上も軽量化に成功してる。」
ブロムもドヤ顔をした。
さすが、ドワーフの大工である。
「えっと、ここにキッチン
お風呂、シャワーを増設して
それで・・・」
ザイカは可愛い笑顔をユーリに向けた。
ユーリは、スッと例のブツを取り出す。
「これでよろしくお願いします。」
ユーリはシュンテンにもらった
内出の小槌のレプリカを渡す。
「すごいな、俺も初めて見たよ。」
とブロムも目を丸くした。
「ユーリありがとう!頑張って仕事します!!」
交渉成立であった。
ユーリの所望した工事はなんと
このドワーフのカップル2名で
たったの2日で
完成させてしまったのである。
魔法の部分はユーリも少々手伝った。
ちなみに、もともと小羽屋の室内は
ゴルムお爺ちゃんとフィヨナお婆ちゃんが新婚旅行で行った
王都近郊のナリス高原にある宿屋が
モデルになっていると聞いている。
チェリー材のフローリングに
アイボリーの漆喰壁
ウォルナット材の建具と家具がアクセントになっている。
入った瞬間から目を引く
大きな吐き出し窓の向こう側にある
長方形の大きな浴槽。
こちらも源泉掛け流しである。
そこには初めて見るウッドデッキまでできていた。
「浴槽の中はブルーにしてみたぞ!
サイズも2m×4m,大きめにした。
あの雑記を参考にウッドデッキも増設してみたよ。
もちろん防腐処理は完璧さ。
良い感じの景色だろ。
ステップに手すりもつけたよ。
非日常的かつ、機能的だ!」
ブロムは胸を張る。
改めて見やると普通の浴槽にしては珍しく
浴槽の底はガラス素材のブルーが美しく輝いていた。
「水辺がバルコニーにあるってだけで、テンション上がるね!」
ザイカはバルコニーを眺める。
「キッチンの横に棚作ったから
ユーリさんが下の厨房で使ってるみたいな
冷却機能付きパントリーが出来るよ。」
と言ってブロムが棚を開け閉めした。
「キッチンストーブといったら
これがちょっと憧れだったんだ。」
といって、ザイカはキッチンの前にある
作業テーブルのようなものに手を置いた。
「天板に使いたいから
私の実家の方から、マーブル送ってもらったの!」
マ、マーブル・・・大理石・・・
ユーリは予算的に大丈夫か?と不安になる。
「あ、天然じゃないよ?
ドワーフ製大理石だから。」
それを察知したザイカが付け加える。
とのことで、予算は
天然のそれより半額以下に抑えられるらしかった。
このドワーフ製大理石のテーブルは
アイランド、と呼ばれるものらしい。
確かに例の雑誌の宿にはこれがあった。
ユーリもこのアイランドとキッチンには
それこそテンションが上がっていた。
「お嬢さん方!これも見て!
これはかなり実用的だと思うんだ。」
ブロムは元々はトイレがあった扉を開けた。
トイレの隣には、ガラスで仕切りをされた。
シャワーが増設されていた。
鏡のついた洗面台まで。
「トイレと一体型なんだが、こういうスタイルが
王都では多いって聞いたから。」
ブロムはにっこりと厳つくも優しい笑顔を見せた。
ザイカも自身の作品の出来栄えに
満足している様子であった。
自身の想像を超えるクオリティーでの改装工事に
二人に改めて感謝を抱くユーリであった。
ユーリは感謝の印として
例のシュンテンの親戚の方が来るまでの間
ここをクローズしていたので
二人のために解放した。
その間ザイカとブロムは友人を呼んだり
二人で過ごしたり。
楽しく過ごしてくれた様であった。
このカップルはその後
3階のもう一つの部屋の方も
同じ改装を施してくれた。




