91. 喧嘩
3階の部屋に泊まっていらっしゃった
ローレン・フォーレ御一行様が
喧嘩を始めてしまって
どんちゃん騒ぎになっていると
ハチに叩き起こされたユーリ。
時は夜中の2時。
ユーリが駆けつけた頃には
隣にご宿泊のドワーフのご夫婦が
何事かと廊下で様子を伺っていた。
確かに該当の部屋からは
ワーワー、ギャーギャー、ドンドンと
とてつも無い騒音がしている。
2階に泊まっていたサムエルも
様子を見に上がってきていた。
「ほら僕の言った通りじゃないか。
あいつらはやばいって。」
サムエルがドヤ顔とも怒ったとも取れない顔をする。
ドワーフのご夫婦の旦那様が発言した。
サムエルと話していたのだろう。
「イーシュトライン侯爵私設海軍だろ?
数年前、戦争激化の最中で侯爵は
リーブラックポート沖を拠点とした海賊を改心させて
軍隊に入隊させたと聞いたが・・・」
「改心してますかね?これ。」
一見素晴らしい美談なのだが
今この客室から聞こえてくる音を察するに
彼らはまだ
海賊を辞めきれていない気がしてならなかった。
「2階の廊下にも人が出てきてるよ。もう突入しかないな。ほらっ」
サムエルがユーリの背中をポンっと叩いた。
ユーリが振り向くと、サムエルはイタズラっぽく笑っていた。
「冒険だと僕は前衛だけど、今日は後衛だから。」
ユーリは納得がいかなかったが
ここは、支配人として行かねばなるまい。
とはいえ、海賊・・・基、軍人相手に喧嘩の仲裁など
・・・果たして自分に何ができるのであろうか。
防御魔法を瞬間的に発動させるにしても
一発ぶん殴られるくらいは覚悟しなければ。
ドアノブに手をかけた。
思いがけず、鍵が開いていた。
ドアを開けた瞬間にむわっと広がる男臭さと酒臭さ。
怒声と、それを煽る笑い声
何かが割れる嫌な音がした。
・・・一瞬かつての小羽屋食堂を思い出す。
部屋の中央には服の胸ぐらを掴み合って殴りかかる寸前の男二人
服の袖が引き裂かれ、テーブルがたおれ
割れた酒瓶、スナック菓子が床にぶちまけられている。
挙げ句の果てに、椅子の足が取れてしまっているし
窓ガラスには大きな穴が空いていた・・・
それが目に入った瞬間だった。
ユーリは頭の中でプチンと何かが切れた音を
聞いた気がした。
脳を経由しないうちに体が動いた。
ツカツカと客室に入る。
いつもお客様の泊まっている宿泊室は
他人の部屋と同様に扱っているのだが
今のこの惨劇を見たユーリは
理性が抑えられなくなっていたのであろう。
「ちょっと、よろしいですか!?!?」
その予想外に大きい声を聞いて
中の男どもがビクッとなった。
「ここを船の上か何かと、勘違いされてませんか!?!?
ここは!!宿泊施設です!!!お忘れですか!?!?」
掴み合っている男性二人の肩に
グッと手を置いて二人を引き剥がす。
ユーリは諸々の覚悟をしていた
ほんのちょっと前のことなど忘れてしまっていた。
「軍人さんなら、規律、冷静さ、誇りも!!
上官方に叩き込まれてると思ってましたがねぇ!?!?
それとも何です!?
全部、リーブラックポートに置いてきたんですか!?!?」
シーンとする室内。
先ほどの喧騒が信じられない。
「ここにはお子様もご宿泊されています!!
常識的に!!!お静かに!!!
お過ごしください!!!」
ユーリは眉間に皺を寄せながら
その場の男どもをジロジロっと睨む。
ユーリよりも数十センチ以上背が高いし
筋肉量など比べ物にならない。
しかし、ユーリはそんなことが気にもならなかった。
ユーリは目の前の輩が静かになったのを認めると
徐に魔法で自分の杖を出現させた。
目の前の客人たちがまたビクッとした。
ユーリは、その杖で
割れた窓ガラスに修復の魔法をかけ始めた。
「あなた方はそのゴミ拾ってください。椅子も直して。」
軍人たちはユーリに何か攻撃魔法でも喰らうのではないかと
思っていたらしい。
お互い顔を見合わせた。
「でないとローレン・フォーレ様?
後あなた方全員、リュカ・デュフレーヌ様
ティボー・マルシャン様
ジュリアン・ルノー様が
小羽屋の一室を破壊しましたと
イーサン・イーシュトライン侯爵閣下にご報告します。
いいから!!早く!!拾え!!!」
ユーリが大声を出し
修復の魔法をかけながら改めて皆を睨むと
御一行様はまたビクッとなった。
彼らは、揃った動きでビシッと敬礼すると
さっきとは打って変わった態度で叫んだ。
「アイ、アイ、マァァム!!!」
そして大人しく、自分たちが散らかしたゴミを片付け始めたのであった。
ユーリはその様子をため息をついて見守った。
ハッと、ここでようやく外のことを思い出した。
出入り口の方を見ると
サムエルと、ハチ、先ほどのドワーフのご夫婦が固まっていて
こちらを見ていたのだ。
ユーリはそこに慌てて駆け寄って
ドワーフのご夫婦に平謝りでお詫びする。
「わっはっはっは、元海賊の軍人相手に!
こんなお嬢さんが!
貴方の啖呵には気持ちがスッキリしましたぞ。
これで安眠できる!」
旦那様の方には大ウケであった。
なぜか奥さまの方には握手を求められた。
そして、お二人揃って、お部屋に戻られた。
サムエルの方を見ると壁に寄りかかって腕組みをしていた。
「・・・もう、君を怒らせない様にしないとね。」
とだけ言って、その日はもうサムエルは
ユーリと目を合わせてくれなくなった。
ハチは少々怯えていて
いつも以上にユーリの足に体を擦り付けていた。
結果的にユーリの魔法とサムエル、軍人たちの片付けで
十数分で部屋は綺麗になったので
ユーリはそれを不問とすることにしたのであった。




