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89. 手紙

マリーン先生が温泉を利用して魔力を発生させ

それをユーリに掛け流しの様に

流し込むという魔法陣を描いてくれた。


ユーリはその魔法陣が発動されるや否や

自身の体に魔力が戻ってきたのを感じた。


何度

氷結させても

解凍しても

吸引しても

魔力切れにはならない。


元の魔力が戻ってきた


いや、ユーリはそれ以上に

魔力が使える様になったのを覚えた。


「せ、先生・・・!

これって魔力が無い人でも

魔法が使えるようになる

画期的な魔法陣じゃ・・・!」


ユーリはこの魔法陣の

あまりにも革新的で卓越した機能に

魔法の改革が起きる気がしていたのだが


急にマリーン先生が暗い顔をする


「そんな事より、試しに宿の外に出てみてくれ。」


そんなことって・・・

しかし、ユーリは従ってみた。


小羽屋の玄関を出て

さらに、数歩。

急に何かが、プツンと切れる感覚に陥った。


ユーリはくらっと、貧血に見舞われたが如く

その場にしゃがみ込んでしまう。

急に魔力切れを起こしたらしい。


この小羽屋の中がこの魔力源泉掛け流しの

限界範囲であるとのことであった。


「申し訳ないがこれがわしの限界だ。

力不足を許してくれ・・・」


マリーン先生はしょんぼりとした。


「何をおっしゃるんですか!

これがなければ小羽屋の運営にすら

支障があったんです!

本当にありがとうございます。」


ユーリは全力で頭をさげお礼を言った。

本心である。


しかしマリーン先生は不満げな顔であった。


そしてその後は

この行動範囲を広げられるかが研究のしどころだ・・・

と、何やら楽しそうし始めたので


ユーリはもう、気にしないことにした。


結局のところ

マリーン先生の研究のおかげで

何とか居住棟の方まで

その範囲が広がったため

大変にありがたかった。


マリーン先生は話の通り

"高速魔力回復スポット"

なる魔法陣も描いてくれた。


「これはお客に有料で提供しなさい。

利用回数に応じてちょっとはマージンをいただこう。」

先生はニッと笑った。


その後ユーリは

久しぶりに魔法を存分に使える喜びで

様々な魔法を使ってみた。


料理も存分にできたので

楽しくマリーン先生に料理を振る舞った。


メニューはオーガの御一行に振る舞った

ルミナス猟師風鹿肉のワイン煮込みを再現した。


もちろんケット・シーコーヒーのアフォガードも。


マリーン先生は大層喜んでくれた。


ユーリは午後9時ごろ控え室に戻った。

先生は寝るのがとても早かったのだ。


ユーリはといえばその後も

何通か手紙を書く作業に追われた。

ここ最近はほとんど事務仕事ができなかったからである。


気がつくと深夜になっていた。


ふと思い立って

試しに転移の鏡を発動させてみることにした。

ついでにサムエルにメモを残そうとも思う。


問題無くできるようだ。

しかし、思いがけずだった。


向こう側にはサムエルがいた。


待合の小さいテーブルで

書き物をしてる後ろ姿が見えた。


「・・・おっと、すみません。

いらっしゃるとは。」


ユーリの方がびっくりしてしまった。

あまりこういうことは

今までになかったのである。


サムエルは、ユーリに気がつくと

口はやに話しかけてきた。


「今マリーン先生いるでしょ?

どんな感じなの?

なんか、久しぶりだね。

何そのメガネ。」


・・・情報量が多い。

ユーリは一旦、間を置いて話始めることにした。


「この片眼鏡(モノクル)は先生の考案品です。

おかげで視力は回復しました。

魔力も回復しました。

だから、こうして転移の鏡が発動できたんです。」


サムエルは今気がついた、という顔をした。


「あ、そうか君、鏡も発動できなかったのか。

クロエから1日1回くらいなら魔法使える様になったって

聞いたから・・・」


「この鏡の発動って結構難しいんですよ。」


・・・しばしの静寂。


今日のリトルウィングは雪がこんこんと降っている。

雪の積もる音が聞こえてきそうな夜だ。


この年末直前のこのシーズンは

必ずと言って良いほどに大寒波が訪れるのである。


ユーリが切り出すことにした。


「あの、マリーン先生に声をかけていただいて

ありがとうございます。

おかげさまでこうして問題なく

小羽屋の中では魔力が使える様になりました。」


「小羽屋の中では、なの?」


サムエルはすかさず

その問題の一言に突っ込んだ。


ユーリは先ほどあったことを全て説明する。


一通り説明を聞き終えて

しばし、サムエルは黙って思慮しする。


いつもの調子なら

「それじゃ意味ないじゃないかー!」

と怒り出す頃である。


しかし、サムエルは想像以上に悲しげな表情になった。


「わかった、それも何とかするから。」


ユーリは想定外の答えに

戸惑ってしまった。


また沈黙が訪れたので

ユーリは、また切り出すしかなかった。


「あの、私そろそろ、シュンテン様に

先のお申し出のお返事がしたく・・・

この様に手紙を書いたのですが

一度読んでいただけないでしょうか。」


ユーリはサムエルに手紙を手渡した。


サムエルは手紙を一目したが

受け取らずに聞く。


「僕が読んで良いの?」


「お願いします。」


ユーリの返答を聞くと

サムエルは手紙を受けとった。


手紙にはこう書いたのだ。


______________________

多種族連盟オーガ族国特命全権大使 

フィメル島・シュンテン 閣下


謹啓 寒冷の候、貴閣下におかれましては

益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。

平素より格別のご高配を賜り、心より御礼申し上げます。


さて、先般ご提案いただきました件につきまして

改めて慎重に検討を重ねました結果、

誠に恐縮ながら、当方シュンテン閣下におかれましては、

金銭を賜ることはあまりにも畏れ多く、

慎んでご辞退申し上げたく存じます。


代わりと申し上げては甚だ僭越ながら、

以前頂戴しました「打ち出の小槌」のレプリカ品を

また、お譲りいただくことは出来ませんでしょうか。

ご相談のお時間を頂戴できましたら幸いに存じます。


何卒ご高配のほど賜りますよう、謹んでお願い申し上げます。


末筆ながら、今後とも変わらぬご厚誼を賜ります。


謹白

______________________



サムエルはそろそろ手紙を読み終えた頃だと思う。


「・・・借金につきまして

先日は浅はかなことを・・・

・・・その、思ってしまいまして。

申し訳ありません。」


ユーリは頭を下げる。

あくまで思っただけなのだが。


「もし、まだ、これまで通りの返済方法で良いと

サムエルが言ってくださるのなら

私としてはこうしたいなと・・・

シュンテン様とは今回限りではなく

是非継続的にお付き合いがしたいなと。

・・・こうして、宿屋の運営は問題なくなりましたので。」


ユーリは続ける。


サムエルはまだ手紙を読んでいた。

多分、文章が難しいせいもあるかもしれない。


ユーリもこの手の手紙は大嫌いであった。

謹啓だの、拝啓だの、ご清祥だの・・・


形式、と言うことだったら

魔法陣を描いている方がよっぽどマシである。


しかし、こういった形式的な文言は

相手の教養、素質、本気度など

そう言うことを推しはかるための一種の指針で

何か魔法陣にも似た

不思議な力が込められている様な気がしてならない。


嫌いだが侮れないとユーリは思う。


サムエルはしばらくして顔をあげた。


「確かにこれならお詫びの品としても妥当だよな。」


真面目な顔をしている。

サムエルが感心したようだ。


「調べましたら、エドルド魔法道具店(元バイト先)だと

一つでそれこそ200万マルくらいしました。

事実あれ, 凄い品でしたし。」


それはユーリも実証済みであるし

お金でなく物であれば

まだ良いのではないかとも思う。


サムエルはフーン・・・と手紙を読み返している。


「いいんじゃないの?

まあもしダメだって言うなら

遠慮なく500万円ふっかけよう!」


サムエルは急に元気になった様子でニカッと笑みを見せてきた。


そして、サムエルがちょっとだけ

控えめに提案してきた。


「今、パスタと適当な具材も買ってきたんだ。

ワインも買ってきた。

そっちで料理しても良いかな?」


ユーリは、先ほどマリーン先生と食事を済ませていたのだが

先生は少食で

ユーリはどちらかと言えば

よく食べる方であった、


「はい、是非、まだシチューも残ってますよ。」


サムエルが買った具材とは

卵とベーコン、チーズ。

オーソドックスなパスタの原材料であった。


ユーリはあの事件以来

禁酒を決意していたのだが

久しぶりに飲むワインは心底美味しかった。


・・・自身の禁酒宣言など

この世で最も当てにならない物の一つである。


外の寒さとは裏腹に

暖炉の火がパチパチと燃え

さらには、厨房の釜戸の熱も加わり

心身ともに暖かさを

一塩に感じられるひとときであった。


真夜中にサムエルと何かを作って

一緒に食べると言うことが

ユーリにはとても久しぶりなことに思えた。

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