87. 若さと年の功
・・またこれか。
ユーリは半笑いで先生に突っ込む。
「先生、実際はそんなに良い物ではないですよ?」
「はっはっは、だろうな。」
あっさりマリーン先生は言う。
「来る日も来る日も
お客様をお迎えしなければならない。
時間も場所も拘束されるし
一人でやりたくとも絶対に一人では出来まい。
人を雇わねばならないし
資金繰りまでせねばならん。
いざ、自分で宿屋をやったら全く無理だと
やる前からわかる。
本当に大変な仕事だ。」
マリーン先生は、少年の顔から
先生の顔になった様に思えた。
「しかし宿屋を利用したことがある者なら皆
思い思いの宿屋で過ごした
素晴らしい日々を思い出し。
自らの考えでそれを表現したいと
願ってしまうものだ。」
・・・それはユーリにもわかる気がする。
ここへくる少し前は
そんなことを考えていたかもしれない。
「だからこうやって、君に好き勝手言える立場とは
楽しい物なんだよ。
特に君は若くて素直そうだし
更に君は私の生徒だから当然だが、実力がある。
皆、良くも悪くも
君に手も口も出したくなるんだろうな。」
優しげにユーリの方に手を置いた。
・・・素直、”そう”の部分が少々気になるのだが
ユーリはじんわりと
マリーン先生に対して深い愛情を覚えた。
最近皆、やたら自分のことを褒めてくれる気がする。
「"若さ"と言うものは神から与えられた
輝かしい時代の贈り物だ。
素直で無垢な心
スポンジのように知識を吸収する脳
疲れを知らない肉体
無限に広がった未来・・・
若者と一緒にいるだけで自信も若返った気になる。
我々みたいな老耄・・・に限らずだ
壮年、中年の者からしてみたら
計り知れない価値があり
いくら出しても欲しいものだ。」
急に哲学的な話になった。
何故こんな話になったのだろうか。
先生は構わず続ける。
「若くて優秀な君を側に置きたいとか
自身の分身の様に使いたいとか
はたまた利用してやろうとか
そう思う奴は、君が思うよりも
沢山いるってことだ。
決して自身を安売りをしてはいけないよ。」
今度はユーリの肩をポンポンと叩いた。
・・・これはザラストルの件の
先生なりの解答なのかもしれない。
ユーリは少々しんみりとその話を聞いていた。
「年配者が若者に優っているとすれば、年の功だ。
勿論私は、自分を安売りするつもりは、無い!」
先生は堂々と言い放ち、ニッとユーリに笑って見せた。
「ハハ・・・先生のことを安く買い叩く人なんて
いるわけないじゃ無いですか。」
ユーリは何年経ってもこの先生に敵うと時が来るとは
到底思えなかった。
また先生の顔が曇る。
「だが悲しいことに、ここに君を拘束してしまう方法しか
今のわしには思いつかん。
しかし今度は体の方が治ってくるはずだ。
人体の治癒力とは素晴らしい物だよ。
特に若い者はね。」
先生が謝ることは何も無い。
今回のことにしたって
安売りをしないと言いつつ
快くここに来てくれた。
ユーリはせめて今は
この恩師の望むことをしたいと思った。
「私はこれからも宿の運営を頑張りますので
先生には色々とアドバイスをいただきたいです。」
「そこは喜んで引き受けよう!」
先生はまた少年の笑顔を見せて答える。
先生は早速この小羽屋の周りに魔法陣を描き始めた。
カミーユ・マリーンのキャラデザ。
IAさんと一緒に考えました。
イメージカラーはモスグリーン。
英国紳士風。