86. 魔力源泉掛け流し
シュンテン様が部屋に来てから1週間がたった。
赤い三角帽子は完成した。
これを、小羽屋の厨房に置いてヒーロにあげるのだ。
なかなか良い出来栄えであると思う。
今年一番の仕事が終わった気がする。
世の中は年末ムードとなっていて
去る年を思い、新しい年に期待を馳せる時期になる。
最近は嫌と言うほど
ザラストルの顔が見えるので
あまり新聞は見ない様にしているが
世の中は停戦が決まって
終戦に向かっているという話が出ており
お祭りモードが一層盛り上がってる。
諸々納得がいかず
モヤモヤする思いが強かったが
自分が我慢したことが平和への一助になっているのだと
ユーリは無理矢理に納得することにした。
・・・まだシュンテン様に
小切手のお返事はしていなかった。
右の視力は多少の回復を見せたものの
見えているとは到底言えない。
どんなに近くてもピントが合わない。
魔法に至ってはほとんど使え無くなっていた。
あれほどまでに難なくできていた
氷結魔法は1日に1回が限度。
IH魔法陣を発動させることも出来なくなってしまった。
思えば、数日ごとに切り替えが必要な
あのゴブリン避けの結界から
魔除けの大結界に切り替えて本当に良かった。
ユーリの魔力が弱くなっても
こちらは問題なく作用していた。
クロエ曰く
ユーリの魔力を作って蓄積する
所謂、魔法の源が壊れてしまった
とのことなのだ。
・・・よくわからない。
よく分からないが治療を試みるしかない。
サムエルはと言えば
あの日以来一度も来ていないし
連絡もよこさない。
転移の鏡を発動させることができなくなってしまったので
こちらから連絡を取ることも出来なかった。
諸々、悶々と思うところは多いが
今は自分のできることをやるしかない。
ユーリはザイカやモメラスに協力してもらいつつ
年明けからの営業再開を目指す準備をしていた。
今は冬なので食材を冷凍することは難しくなかった。
解凍は、釜戸を用い
火加減に気をつけながら行う。
IH魔法陣の代用品としては
安全性的にやや不安があるが
ルミナス高原牧場で借りた
例の炭火を用いた卓上の囲炉裏を
使わせてもらうことにした。
後は手作業でなんとか乗り切る・・・
意外となんとかなりそうな気もしてきた。
そうして忙しく過ごしていたある日
久々に転移の鏡が発動した気配がした。
ユーリは慌てて控え室に行ってみると
そこにはまた意外な人物が立っている。
上品なオールバックの白髪
口髭、特徴的な片眼鏡
ユーリの学生時代の恩師であり
魔法陣研究者の中でも最高峰の人物である。
「マリーン先生!?」
「やあ、ユーリエ君。」
マリーン先生は軽やかに挨拶する。
「マリーン先生はどうしてここへ?
どうしてこの鏡から出てきたんですか?」
マリーン先生にはこの鏡の存在を知らせていなかった。
と言うより、この鏡の存在を知っている者はほとんどいない。
「あのサムエル君から手紙をもらってね。
君を助けてやってほしいと。
大体の事情は彼から聞いたよ。
本当に大変な目にあったな。
もう体の方は良いのかい?」
今度はとても心配そうな顔をした。
「はい、なんとか、おかげさまで。
・・・サムエルは来ないんですか?」
セキュリティ上
こうして直通で来られるのは
サムエルの自宅からしか
出来無いはずなのだが。
「重要な会議が詰まっているとかで
明日の夜に行くと伝えてくれと言われたよ。
わしもそれまではここに
お邪魔させていただくことになるのだが」
フォッフォッフォ
と笑っている。
マリーン先生はまた面白そうに言った。
「来て欲しくなければ行かないとも言っていた。
なんだ?君たち、喧嘩でもしているのか?」
・・・本当になんだそれは。
「して無いですよ。」
マリーン先生はしばしニヤニヤとしていたが
そうだ、と言って鞄から小さな箱を取り出す。
「これをあげよう。」
ユーリはそれを受け取り開けてみると
中には片眼鏡が入っていた。
「私がつけているものと同じだ。」
マリーン先生は自身の片眼鏡を
ちょいちょいと突いた。
ユーリはそれをかけてみると
若干の違和感を覚えつつも
目の前の景色の見え方が
劇的に改善した。
「わあ!マリーン先生!
これ、慣れれば、元の視界と変わらないと思います!
ありがとうございます!」
「君の場合、視力が悪くなった原因が不明だから
目の前に映る景色がそれを掛けた者の脳内に
直接送り込まれてくる条件を入れた。」
この物言いは魔法陣を作る時のものだった。
「え?魔法陣なんですかこれ?
そして先生が作ったんですか?」
「縁に小さく刻んだんだよ。」
ユーリは改めてそれを良くみると
片眼鏡の縁に本当に小さく
文字が書いてあるのが見えた。
「すごい発明品ですね。
これなら失明した人でも
目が見える様になるんじゃ・・・」
「そんなことより、魔力の方が問題だ。
こっちも原因はわからないんだろう?」
マリーン先生はユーリの話を無視して聞く。
そんなことって。
「私の魔力を作って蓄積させる機能が壊されたらしく。」
フム・・・
マリーン先生は口髭をいじった。
「ならば、発想を変えよう。
君が魔力を作って蓄積することが出来ないのであれば
代わりのものを用意したら良い。」
用意したらって
簡単なことみたいに。
「そんなことができるんですか?」
「できるさ。現に君も見たことがあるじゃないか。」
ユーリは先生が何を言っているのかわからなかった。
マリーン先生は失礼するよ、と言うと
小羽屋の厨房にある全自動大容量ピザ釜の前に来た。
「こいつがスイッチ一つで動くのは
大気中に漂う魔力の粒子を集めて
人工の箱に蓄積させて
それ使うからだ。」
そういえばもザイカもそう言っていた。
IH魔法陣もそれを応用したのだ。
「それと同じものを作ったら良い。」
作ったら良いって
そんな簡単なことの様に・・・
「・・・できるんですか?」
ユーリはドキドキしていた。
マリーン先生はまだ口髭を弄んでいる。
「君がやった魔除けの大結界だって理屈は一緒だろう。
あれは拠り手の魔力を種に
魔力を持続的に増長発生させる仕組みじゃないか。」
・・・そうなんだ。
今知ったのは秘密である。
「人間が使う魔法の拠り手となると
他の自然物では少々弱い。
それこそ他の人間丸々一人を
生贄にする方が簡単なんだがね。」
流石にそれは望まない。
しかし、先生ならやりかねない・・・
ユーリの複雑そうな顔が見えていないらしく
人体とは実に素晴らしいなあ・・・と
マリーン先生は呟いていた。
「君は普段どんな魔法を使うことが多い?」
ユーリはしばし考えた。
「氷結魔法に、吸引魔法
最近修理魔法もよく使います。
後・・解凍魔法です。」
「解凍?なんだいそれは?温めるのかい?」
マリーン先生が不思議そうに聞く。
このユーリが解凍魔法と呼んでいる魔法は
実はそういう名前では無い。
正確には風化の魔法と言う
特定の物を劣化させる魔法を応用したのが
この解凍魔法だ。
時間の流れを部分的にいじる魔法なので
魔力の操作が難しい。
この魔法に至っては全く使えなくなってしまった。
しかし、氷結したものは上手に解凍しないと
全くおいしく無い。
熱を用いると対象物の細胞が壊れるらしく
うまく解凍が出来ないのだ。
正直のところ、氷結物を扱う時は
氷結そのものより解凍に気を遣う。
それをマリーン先生に説明する。
「風化の魔法を日常的にって、ねぇ・・・」
何やらマリーン先生は呆れていた。
「まあ良いだろう。それらを日常的に使って
それでも無理のない様にするには
とてつもなく大きな魔力の発生源と
貯蓄壺が必要だ。」
「大気中の魔力を集める仕組みにする他無いと思うのだよ。
まあ、多少このピザ釜や冷蔵機能付きの棚が狂うかもしれんが
それは君がセミマニュアルでなんとかしなさい。
ただ貯蓄壺がなあ・・・」
マリーン先生はおお!と何か閃いた様だった。
「ここには温泉が沸いていたじゃないか!
そこから魔力を発生させる装置を作ろう!
君以前、ここの温泉の効能に
魔力回復があると言っていたではないか!
そうすればこれらも狂う事はない!
源泉掛け流し状態にすれば
貯蓄壺もいらない!」
先生は素晴らしい発見をした!と
少年の様な顔を見せていたが
ユーリにはイマイチ
ピンと来なかった。
そして・・・
「温泉て、そういうのに向いてないのでは?
サムエルが以前言っていたのですが・・・」
「それは単に彼の好みの問題だろう。」
「結構な勢いで否定されたので
よっぽどダメなのかと・・・」
センスがないとまで言われた気がするのだが。
先生はしばしフム、と考えた。
「突き詰めて言えば
温泉にも限りがあることが
気に入らないのかもしれんよ。
木などは殆ど定まった寿命が存在せんから
エルフと本質は同じなんだよ。」
サムエルは確かにそのような物言いをしていた。
「エルフの彼からしたら
温泉は枯渇資源だが
我々人間からしたら
私たち一人が一生終えても
もしかしたら何代先も
問題ないんだがね。」
マリーン先生は本当になんてこと無いように言う。
そしてその話題には全く興味が無くなったらしく
魔法陣の考案に耽り始めた。
ユーリは改めて気がついた。
たまに忘れるのだが
サムエルはエルフなのである。
「温泉の源泉から魔力を取り出し
凝縮させ、それをユーリエ君に
直接繋げる条件を加えねば。
範囲はこの小羽屋の中のみになりそうだな・・・
おお、そうかこれを応用すれば
お客に高速魔力回復のサービスが
提供できるまもしれんぞ?
どうかね、ユーリエ君!!」
先生はキラキラとした目線を向ける。
「あ、ありがとうございます。
当宿のサービスのことまで
考えてくださるなんて・・・」
「実はわしも宿屋を営んでみたかったのだよ。」
先生は無邪気な笑顔で答えた。
・・・ユーリは最近この言葉を頻繁に聞く気がした。