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85. 清算

シュンテン閣下の意外な一面をのぞいて

ユーリも感慨に浸っていると

更にシュンテン閣下は続けた。


「先ほど貴方は只の宿屋と支配人とおっしゃってましたが

これほどの規模の宿をほぼお一人でされると言うのは

十分すごいことですわよ。」


シュンテン閣下は優しく微笑む。


「いえ、人手が無いだけです・・・」


ユーリは本当のことを言った。


「先日の私たちにとっては

ありがたい決断をしてくださった事。

何度も言いますが

普通の考えではしていただけない事です。

これは貴方が強くてお優しい方だからですわ。

少数ながら粒揃いのスタッフをまとめ上げている人望も。

そういったところにあのサムエル殿は

魅力を感じていらっしゃるのですね。」


そうなのだろうか。

何かザラストル()

それに近しいことを言っていたような気もする・・・


「ありがとうございます。」

ユーリは素直にお褒めのお言葉は

受け取ることにした。


突然タミー様が、シュンテン閣下に耳打ちをした。

シュンテン閣下はその後

心底残念そうなお顔をされた。


「さあ、あまり長いをしてしまっても迷惑ですわね。

額面の記入は今すぐにされなくても結構です。

また近いうちに伺いますわ。」


シュンテン閣下がにっこりとして椅子から立った。

タミー様もそれに倣った。


「先ほども言いましたけれど

金銭以外に何か必要なものがございましたら

それもご遠慮なく言ってくださいね。」


シュンテン閣下は少女の様な無邪気な笑顔をした。


「私実は、宿屋をやってみたかったのですわ。

喜んでお手伝いがしたいです。」


ユーリはプフッとつい吹き出してしまった。

・・・どこかで聞いたことがある言葉であった。


「シュンテン様、ありがとうございます。」


それを聞くとまたシュンテン閣下はにっこりと笑った。


それでは、と

シュンテン閣下はタミー様と一緒に部屋を出て行った。


来客が帰るのを待っていたかのように

ハチがグーンと体を伸ばす。


ポイっとベッドから飛び降り

部屋を出て行った。


ハチが極端に猫モードになっていたので

ユーリは正直のところその存在を忘れていた。


少々経つと部屋をノックする音が聞こえた。

今度はサムエルであった。


サムエルは部屋に入ると

デスクの椅子に座った。


サムエルがユーリの様子を伺う様に聞いてきた。


「女二人で話したいからとか言ってたから

僕は席外してたけど・・・」


サムエルはシュンテン閣下とユーリが

ユーリには今話したことを

正直に話すしか無かった。


「シュンテン様と話したのは

オーガ代表としての謝罪と

後は、当然に小切手のことです。

好きなだけ金額を書いてくれと言うことです。

それに関する思いとかも・・・」


ユーリは、もらった著書をサムエルに渡した。

それを受け取り表紙をまじまじと見つめるサムエル。


「これは読んだことないけど

インタビュー記事は見た。

あの人も頑張るよな。」

感心している様にも見える。


「ただ、私としては

シュンテン様に何かされたわけではないので

すごく気が進まないのですが・・・」


・・・言ってみようかと思うことがあった。

その後の出来事の方が衝撃すぎて

忘れかけていたが

オランジェリーパーティの直後は

一通り悩んでいたことである。


「シュンテン様は、サムエルへの借金を

返済できる金額を出してくださると

言っていました。」


思い切って切り出してみた。


「そ、そんなこと言ってたの?」

サムエルは開いていた本から目を離し

パッとこちらを見た。


「シュンテン様に何故

小羽屋を面倒見てるのかって聞かれた時に

ちょっとその話はしたんだけど・・・

まさか、そんな事言ってくるなんて。」


意外にも動揺している様に見える。

ユーリはその様子を見つめていた。


しばしの沈黙の後


サムエルはユーリとは目を合わさずに聞く。


「それで、君はどう思ったの?」


・・・


ユーリも思ったことを素直に言わざるを得まいと判断した。


「やはり、シュンテン様から

金銭をいただくことに抵抗があります。

償いならザラストル・・・様にしてもらいたいです。

しかし、彼女の思いとか諸々を伺いましたし

もし、それでサムエルから

お借りしている金銭が

お返しできるのであれば・・・」


ユーリがサムエルの方を見ると


顔は伏せ気味で

どこか違う

遠いところを見ている様でもあった。


しばし沈黙し

やはりユーリの方を見ないままに

サムエルは発言した。


「その後はどうするつもりなの?」


「その後、と言いますと?」


「僕の借金を返済して、その後だよ。」


普通に考えれば、その後も小羽屋を運営し・・・


と思ったのだが

ちょっと待て。

ユーリは気がついてしまった。


先日まではサムエルと対等に話せない

と言う理由で借金を返済したいと

思っていたのだが


根本的にだ。

借金が無いのだとしたら

小羽屋にすら

こだわる必要がないのではないか。


ユーリからすれば

以前は銀行や、親族たちからしていた借金が

姿を変えてサムエルへの借金に変わっているだけなのだ。


ユーリはそもそもこの借金が無ければ

フィヨナお婆ちゃんを連れて

王都に戻るつもりであったのだ。


ユーリはサムエルの顔を改めて見ると

サムエルはこっちを見つめていた。


その顔は真面目な顔つきであるのだが

どこか寂しげであった。


ユーリがこの思考に至ることを

分かっていたのかも知れない。


「・・・考えてなかったです。」


サムエルはそれを聞くや否や

急に立ち上がり

ツカツカとユーリに歩み寄る。

不意にベッドにどさっと座った。


いきなりの出来事にユーリは驚いて

サムエルを見返した。

サムエルの特徴でもある

金色の瞳がやけに目を引いた。

やはりまつ毛が長い・・・


不意にサムエルの手が伸びてきた。

ユーリは、最近起きた諸々を思い出してしまう。

目をぎゅっと瞑ってしまった。


ビシッと額に衝撃が走る。


恐る恐る目を開けると

サムエルが少々怒った、と言うより

むくれ顔をしていた。


どうやら、サムエルにデコピンをされたらしい。

額が思いの外痛い。

最近こう言うの多くないか・・・


「それで、僕の借金はいくら残ってるの?」


「後900万マルくらい・・・?」


「そんなもんだよね。

しかも君、その後は小羽屋も畳む事を考えたろ?」


やはり思考が読まれていた。


「いえ・・・そんなことは・・・」

咄嗟に嘘をついた。

しかし、時はすでに遅かったらしい。


「君はしばらく動けない上に

魔力の回復だって見込めないんだ。

その後どうするつもりなんだよ?」


・・・それなんだ。

ユーリはガクッとした。


今までは魔法の力があったから

魔法道具店への内定ももらえた。

クロエさんからも

魔力回復が一番厄介で時間がかかると

言われていたのだ。


「小羽屋をやめる前提で話してるんだとしたら

君の食いぶち確保も必要だし

それこそいくらお金があっても足りないだろ。」


呆れた声で言う。

もう何発かデコピンが飛んできた。


「考えが甘い!!」


「すみません・・・すみません・・・」


ユーリは自身の浅はかな考えを反省した。

とは言え、まだ発言もしていないのに

ここまで攻められるのは

いささか理不尽な気もする。


「だから僕は

ここの休業補償、ユーリの治療費

諸々500万円くらいが

向こうもこっちも

丁度いい金額になると言ったんだよ。」


ベッドからまた徐に立ち上がり

扉へと向かう。


「もう帰る。」


ドスドスわざと足音を立てている。

扉を開け、閉める前に

サムエルは振り返らずユーリに告げた。


「まあ・・・でもユーリ。

これは君とシュンテン様の問題だから。

君の気持ちもあると思うし。

自分で決めてよ。」


それだけ言い残し

今度はゆっくりと、音を立てずに

扉を閉めた。

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