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84. フィメル島のシュンテン

ユーリはまた夢を見ていた。


いつもの、故郷が侵略に遭うので

島から脱出する時の夢である。


もう何度目だろうか。

あの騒動があってから

毎日見ている様な気がする。

きっと生まれ故郷の話題が多かったので

その辺りの記憶が刺激されているのだろう。


今回は、あの群集から逃げられず


何も悟れず


ひたすらに泣いて、逃げ惑っていた。


しかも今日は、群衆の匂いが

やたらと強く不快な匂いを放っている。


とても嫌な夢だ。


・・・しかしユーリは

この夢を攻略する術を身につけていた。


この夢にはラストが何パターンか存在する。


①誰かが助けに来る


②何らかの理由で自身が死んで目覚める


③逃げ惑っているうちに目がさめる


特に②のパターンは精神衛生的に大変良くない。

①のパターンも・・・気持ち的に疲れるから良くない。


もうこれが夢と気がついたなら

③を目指すべきなのだ。


ユーリは、今日も

強制的に目を開けて

無理やり目を覚すことに成功した。


辺りはまだ暗い。


目覚まし時計を見れば

まだ夜の3時であった。


心臓がドキドキとし

寝汗もかいていた。


顔の横を見るとハチの嫁と子

九とおもちが

二匹ともこちらに尻を向けて

丸くなっていた。


今日の夢が臭かったのは絶対にこのせいだ・・・

猫は何故、尻を顔に向けて居座るんだろう。


昨日は、おもちが

瞼を猫パンチしてきて起こされたし


九が鼻を突然噛んできて起きたこともあった。


ユーリはちょっと可笑しくなって

横にいてくれた二匹をヨシヨシと撫でた。

きっと、悪夢を見ていることに

心配してくれているのだろう。


猫が喉をゴロゴロ言わせる音は

自然と眠気を誘われる。


ユーリはまた再び眠りに落ちた。


翌朝、いつもより遅めに目がさめる。


宿の方は休業しているので

早く起きなくても良いのだ。


しかし、ユーリは忘れてはいけない仕事がった。

年末に絶対にやらなければならない事。


ヒーロのために、ウールの赤い三角帽子を3つ

あげる事である。


小羽屋に厩ができて、ヒーロがトムテになった時

約束した事だった。


イーシュラインの

ユーリがドレスを買った服屋に

手紙を書いたところ

赤いウールの布を

快く仕入れて、売ってくれた。


それは、昨日届いた。


布が届いてから直ぐに採寸とカットをしたので

あとは縫うだけなのである。


ユーリがベッドに座りながら

チクチクと針仕事に勤しんでいると


部屋にフィヨナお婆ちゃんが入ってきた。

膝の痛みが最近悪化しているように思える。

足を引きずっていて

ユーリから見ても痛々しい。


「お客さんよ。サムエルと

あと、オーガの女性とその旦那様だわ。

お通ししても良い?」


オーガの女性と言うと

思い当たる方はお一人しかいなかった。


ダメとは言えない。


最初にサムエルが入ってきた。


そして、想像通りシュンテン様がいらっしゃった。

ユーリの知っているシュンテン様

人間バージョンとオーガバージョンと

中間のお姿をされていた。

いつも新聞で見るお姿だ。

何か、日常の部屋の風景とシュンテン様が

非常にチグハグに見える。


そして、タミー様・・・

こちらは相変わらずである。


「ユーリ支配人、お加減はいかがですか?」


シュンテン様がユーリに聞く。


相変わらず妖艶なお美しさだ。

そして慈愛に満ちたお顔もされている。


しかし、ザラストル()もそうだった訳で・・・

ユーリは複雑な気持ちになってしまった。


「シュンテン閣下、恐れ入ります。

今の所、順調です。

こんな格好で申し訳ありません・・・」


と言って、慌てて頭を下げた。


「ユーリ、この間の小切手の件で

シュンテン閣下が直接ユーリと話したいって。」


サムエルは、何故か

ユーリと目を合わせずにそう言った。


「え、あ、それは・・・

何と申し上げれば良いのか・・・」


あの、額面を好きに書けと言われた

あの小切手の件だ。

ユーリは動揺を隠せなかった。


「僕は、外でフィヨナと話してるから。

ハチには部屋にいてもらうことになってる。

それでよろしいですか?」


サムエルがシュンテン様に聞いた。

ハチが、部屋に入ってきた。


「よろしいですわ。

ここには勇敢なガードマンがいて素晴らしいです。」


シュンテン閣下はにこやかにハチに握手を求めた。

ハチも無言でその白い小さい手を差し出し

握手を受けていた。


そして、ユーリの膝の上に乗り

顔だけは来客の方に向けながら

箱座りをした。


「それじゃ」

と、サムエルは部屋の外に出ていった。


ユーリとしては

あのサムエルの様子が少々気になるのだが

それ以上にこのシュンテン閣下に何を言われるのかと

戦々恐々としていた。


「先のザラストル外交官がしでかした件につきまして

私は、誰が何と言いましても

お詫び申し上げる次第です。

特に、あなたにはあんなにお世話になりましたのに・・・

誠に申し訳ございません。」


シュンテン閣下はユーリに頭を下げた。


「シュンテン閣下が謝ることでは・・・」


これも何やらデジャブである。

ユーリは何と言って良いのか

全く分からなくなっていた。


「お気持ちはお察しします。

あのザラストル外交官の件で

・・・いえ、ユーリ支配人におかれましては

それ以上に私達オーガに嫌悪感を抱いていて

当然でしたのに。」


シュンテン閣下が心底悲しそうな顔をしていた。

ユーリの出身地の事を知ったのだろう。


シュンテン閣下はユーリをまっすぐ見据えた。


「ユーリ支配人さんはお優しい方なので

私達が何と言っても

受け入れる努力をしてくださることは

私にも分かりますわ。

ですから私は、貴方には行動と数字で

誠意を示したいのです。

先にお渡しした、小切手のことは

サムエル殿から聞いていますわね?」


「・・・はい。」


シュンテン閣下が続ける。


「現在ご入用の額をいくらでも

書いてくださいませ。」


ユーリは本当に

何と返せば良いのか分からない。

シュンテン閣下は続ける。


「・・・いきなりこんな事を言われても

困りますわよね。

例えば・・・こんなことを言っても

失礼とは思いますが」


シュンテン閣下は一時言いにくそうにしたが

ついにはユーリに問う。


「サムエル殿に借金をしているのではございませんか?」


ユーリはビクッとする。


「その額をこちらに書いていただいても良いのです。

私からの金銭は

・・・所謂お詫びの金銭ですから

返済の必要はございません。」


流石にここまで言ってくれるシュンテン様に

黙っているわけにもいかなくなった

とユーリは慌ててしゃべる。


「あの、シュンテン閣下

現状は閣下のおっしゃる通りなのですけれど

流石にそこまでしていただくわけには・・・」


シュンテン閣下がじっとユーリを見つめる。

真面目な話の様だ。


ユーリはその視線からは少々外しながらしゃべる。


「何故、ここまで私にしてくださるのですか?」


シュンテン閣下は急にキョトンとされた。

「・・・と言いますと?」


「小羽屋も私も、只の平凡な

宿屋と支配人です。

失礼だとは思いますが・・・

こんなことは

握りつぶすことも出来ると思います。

それでもこうして私を尊重してくださる・・・

どうしてなのでしょうか。」


シュンテン閣下は少々考えて

慎重に、真摯に回答を始めてくれた。


「まずは、今回の件

本当に申し訳ないと思っているのですわ。

あの時期に私たちを受け入れてくださる

と言う決断は、特に貴方の境遇から考えても

普通の覚悟ではありません。

それを踏み躙ったザラストル氏が

私には許せません。」


シュンテン閣下は一息つく。

その先は言うかいうまいか

躊躇している様にも見えた。


「そして、オーガという種族に対するイメージを

悪くしたく無い。

これは、貴方のためと言うより

私達のためでもありますが・・・

私は多種族連盟の中で

それこそ人生を賭けて

オーガのイメージ改善に勤めてきました。」


ユーリは意外な発言に

シュンテン閣下を、見返した。


「少々私の話をさせてくださいね。

私の一族は昔、西側の大陸に

自治区を持っておりましたが

人々に我々の性質を恐れられ

小島へと追いやられました。」


例のフィメル島か。

ユーリは小切手に書かれていたその島を地図で調べてみた所

西大陸北側に位置する島で

エルフ本国に近い場所にあった。


・・・ちなみにザラストルの出身地だと言っていた

ミノルテと言う地

名字になっているヴァレル山と言う山も

ユーリにはついぞ見つけることができなかった。


「しかし、我々は人肉を喰らい、魔力や生気を喰らう。

恐れられて当然ですわね。

そうして人喰い鬼(オーガ)

討伐の対象とされることが多くなり

生息数を極端に減らしました。

闇の帝王に属する者も多かった。

・・・私たち一族はそれを

一族の絶滅への序章だと

危機感を強めてまいりました。」


ユーリにとっても興味深い話であった。


「私たちは非常に努力をしました。

本来オーガは魔力に富んで、力も強い。

素晴らしい一族だと自負しておりますわ。

そしてそれを認められるために必要だったのは

まず、人肉を喰らわずに済む方法

具体的には、多種族の者と同じものを食べる努力。

そして、サプリメントの開発ですわね。

後は、魔力、正気を

その方に負担にならない程度に頂戴する。

もちろん金銭等の対価と交換ですわ。」


ユーリは画期的で現実的な良い案だと

単純にそう思った。


「内出の小槌と言う家宝が存在しますので財はなせる。

レプリカを流通させることで

ビジネスにもなりました。

積極的に他の種族とも交流をし

私たちの島は観光地として開発もしました。

更には弱き者へは惜しみなく支援をしましたわ。

それから・・・」


「シュンテン様の素晴らしい功績は

本にもなっていますので

是非こちらをご覧になってください。」


タミー様が会話に割って入り

スッと本をユーリに差し出した。

それを見ると


”華麗なる白い人喰い鬼(オーガ)の一族

〜こうして私達は人喰いを辞めた。〜

フィメル島・シュンテン著”


表紙には美しいシュンテン様が描かれている。

シュンテン様はハッとした。


「申し訳ありません、自分語りが過ぎました。

・・・そんなこともありまして

私は貴方にはオーガが

人から搾取するだけの一族だと

思わないでほしいのです。

金銭以外の支援も必要でしたら

遠慮なくおっしゃってください。」


シュンテン閣下は改めてユーリを見て言った。


ムカつくが、かつてザラストル()が言っていた言葉を思い出した。


誰もが自分の物語を生きている。


今、シュンテン閣下が一人のオーガの女性として

必死に生きる物語が見えた。

・・・最も実際本になっているのだし

あとでちゃんと読みたい。


その物語の一部として

ユーリに支援をすることが

おそらく彼女にとってとても大切なことなのだろう。


ユーリは突然の情報に混乱していたが

非常に納得のいく理由であった。


・・・それでは、ザラストル()の物語は

どんな筋書きだったのだろう。


ユーリにはそれがとても

気になるところであった。














挿絵(By みてみん)

IAさんと一緒にキャラデザしました。

イメージカラーは白と赤

何故このテイストに・・・

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