83. 示談
ユーリは恥ずかしさを抑え込み
ザラストルが張った結界の中で起こったことを
包み隠さず話すことにした。
変に隠すと自分が嘘をついていると言われてしまうだろう。
奴にキスされた件になると
クラウド様はうわっと頭を抱え
クロエは消毒液でユーリの顔をゴシゴシ拭き始めた
モメラスからはあの怖い精霊の気配が醸され
ザイカは思わず鉈に手を伸ばし
サムエルは持っていたティーカップを握力でかち割った。
ハチはユーリの顔にゴンゴン額を押し付けてきた。
「あの方が本当は何をしたかったのか
私にもわからないのですが・・・」
今回奴がしでかしたこともそうだが
いつもの、スポークスマンとして、ユーリにも見せていた
心の底から優しく包容力のある笑顔
そして、最後に見せた
無機質機械的なあの視線。
どちらも嘘をついている、演技をしている
と言う様には見えなかった。
奴のことが全く掴めず
得体の知れない違和感が何とも気持ち悪い。
奴がユーリに話していた話は
どこまでが本当だったのだろうか。
・・・それより今は皆に言いたい。
「私の迂闊さが招いたことです。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
ユーリは横たわりながらも可能な限り頭を下げた。
しばし皆無言であったが
サムエルが口を開く。
「僕は、宿屋のフロント君から
君が急用で帰ったって聞いたから・・・
よく状況がわからなかったけど
とりあえずここの転移の鏡で
ここに来てみたんだよ。」
サムエル視点の話をしてくれた。
「そうしたら次は、控え室の扉が魔法で開かなくなってて
庭から食堂に回ってみようとしても
特殊な結界が貼られていた。
ハチに聞いたらオーガの結界だって言うから
すごく悪い予感がして皆を呼んだ。
そうしたらあの有様だったわけ。」
サムエルが早く気がついてくれて
本当に良かった。
「ユーリが倒れてから3日経ってるんだけど
あれからやっぱり、色々荒れたんだよ。」
サムエルが続ける。
「荒らしたのはサムだろ。」
クラウドが突っ込む。
・・・話を集約するとこうだ。
サムエルが、ザラストルに
ユーリの魔力を奪ったことに対して
正式に抗議をしたのだ。
それが少々問題になり
丸一日セントラルタワーで会議が行われたらしい。
主に、シュンテン閣下とサムエルは
事は重大な人権侵害だと主張してくれたらしいが
ザラストルは飽く迄
合意の上の取引だったと主張。
サムエルが会議でブチギレると
今度はエルフ王国から
圧力がかかったらしい。
やはり、停戦合意にミソをつけるなとの
お達しがあったとのことだ。
「・・・本当に私余計なこと言いましたね。
停戦合意なんて最早私ごときが
気にする事でも無かったのに。」
ユーリは、ザラストルに
ユーリが作った投資話の嘘に全力で乗っかられたことで
あの時の自分の謎の使命感を後悔した。
「サムがそのまま暴れてたら
本当に停戦合意破棄になったかもしれないし。
ザラストルにも逃げ道が必要だ。
懸命な判断だったよ。」
クラウドが哀れそうにもユーリに言う。
「まあ、大方僕の言うことを信じてたよ。
一部ザラストル信者がいて
ガタガタ言ってる連中もいたけどね。
そもそもその話が本当なら
投資として破綻してるし
誰が投資のために魔力の根元からくれてやるって言うんだよ!」
サムエルがまたイライラしてきたのがみてとれた。
「しかも俺はその代償が50万マルだって言うのに
クソ腹が立つんだよ。」
いつも意外と品の良い喋り方をするサムエルが
ここまで口汚く罵る様を
ユーリは初めて見た。
「だから、ザラストルに
ユーリの治療費、小羽屋休業補償
慰謝料、諸々のつもりで500万マル請求したんだ。」
こう言ってから、ユーリの方をそっと見た。
「・・・まあ、こうなったら
金で解決するしか無いからさ。」
「売上根拠と後2ヶ月分の売り上げ見込み額
算出するのを手伝ったからね。」
クラウドは少々恩に着せた言い方をした。
「診断書もちょっと大袈裟に書いたわよ。
でも実際重症だもの。」
またクロエはユーリの頭をヨシヨシする。
「それでこれ。」
と言ってサムエルが紙を渡してきた。
ユーリがそれを見ると
あまり目にしない銀行であるが
セントラル銀行と言う銀行の為替であった。
ヴァレル山・ザラストル
と言う名前が書いてある。
「セントラルタワーにしか無い銀行だ。
要人しか口座は持てないけどね。」
額面には1,000,000マルとかかれている。
ユーリは再びサムエルの顔を見た。
サムエルがツンツン言う。
「ザラストルの奴は飽く迄
50万マルだって言いやがって。
・・・本当にクソ野郎だよ。
妥協案だっつって
100万まで出した。本当にクソ野郎だ。」
サムエルは心底不貞腐れていた。
「・・・後これ、シュンテン様から。」
サムエルは、もう一枚ユーリに紙を渡した。
その紙を見れば
またセントラル銀行の、これは小切手であった。
フィメル島・シュンテン
と言う名前が書いてある。
額面を見ると。
・・・空欄。
ユーリはまたサムエルの顔を見る。
「ザラストルの奴にかなり怒ってたよ。
連盟が傍観してるのにも相当腹を立ててた。
君には世話になったのに
とても申し訳ないって。
オーガを嫌いにならないで欲しいとも。」
・・・それで?
ユーリがよく分からないと言う顔をしていると
サムエルが続ける。
「そこに必要な額面、いくらでも書けってさ。」
ユーリ体を起こしていないのだが
また気絶しそうな衝撃だった。
「い、いくらでもって・・・?」
ユーリはまたサムエルの顔を見た。
「・・・まあ、シュンテン様は
今回の停戦合意を
自分の手柄にしたいんだよ。
ソレこそケチつけられたくないんだろうね。
口止め料諸々って事だろ。
あの方桁違いに金持ってるから
まあ、心配ない。
僕は絶対あのクソ野郎に払わせたかったんだけど。」
サムエルが言う。
・・・
クロエの診断では暫くは絶対安静
少なくとも一ヶ月は休んで過ごせとのことだった。
魔力の回復もポーションではなく
薬草に切り替えて長期スパンで行うとのことである。
宿も休業せざるを得ない。
既存のご予約はできるだけルミナス高原牧場さんに
パスさせてもらって・・・
よく考えても、確かにこれは収入的にも相当痛い。