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79. 対話と惑術

ユーリは突然のザラストル閣下のご訪問に戸惑いながら

お茶と茶菓子の準備をする。


「あの、ザラストル閣下はここまでは何でお越しに?

昨日の今日では・・・」


正攻法ではここまで来られないはずだ。

紅茶を渡しながら聞く。


「転移の巻物を王都でもらいましてね。

こちらには質の良い巻物がたくさんありますから

イーシュトラインまでは近くの知人を頼らせてもらったのです。

それからは乗り合いの馬車ですな。」


ありがとう、と

ティーカップを受け取りながら答える。


「角言うあなたも今ここにいらっしゃる!

本当にユーリ、あなたは不思議なお方だ。」

ザラストルはいつもの調子で笑みを湛えながら言う。


ユーリも席につくとしばし沈黙があったので

たまらず話しかけた。


「あの、閣下は・・・」


「閣下はやめてくれ、もっと親しく呼んでくれ!

今でこそ帝王の側近になったが

私はこことも比べ物にならないくらいの

田舎の平民出身なんだよ。」


ザラストルは、砕けた表情でそう語る。

意外だが親近感は湧く。


「それでは、ザラストル様・・・

ザラストル様のご出身はどんな所なのですか?」


暫し物思いに耽るザラストル様。


「そうだね、とても寒くて、岩が多くて

痩せた土地だった・・・

実はといえば、この東大陸北側

フロイネと言う地だ。

ここからも近い。

今は人間王国領になっているがね。

昔はオーガの統治する国だったんだ。」


ユーリはその話を初めて聞いた。

もちろん学校で習っていない。


・・・しかし、ユーリの故郷のミノルテ島のことだって

学校では習わない事なのだ。


ユーリは複雑な思いになった。


「まあ、私の話は良い。

宿の経営は大変だろう。

私の実家もね、しがない民宿をやっていたんだ。」


「そうでしたか、それは奇遇ですね!」


「本当にそう思ってるんだよ。

よかったら、君にと思って持ってきたのだが

それを少し飲んでみないかい?」


先ほどザラストル様が持ってきたオーガの秘酒を指さした。


・・・時間は午後5時。

お客様は本日はいないし。

まあいいか。

断るのも失礼な気がして

ありがたく頂戴することにした。


豪快にもストレートで飲むことを勧められた。

ザラストル様がグラスに注いでくれたその液体は

透明で、きついアルコール臭がした。


ザラストル様は

それでは、二人の出会いに!

などと言いながら乾杯をしてくる。


ユーリも戸惑いながらも

調子を合わせ一口飲んでみた。


強い酒であることはわかるが

思いの外、甘酸っぱい味わいで

飲みやすかった。


・・・コレがいけない。

この手のお酒は

飲みやすいからと言って

決して酔わないわけでは無い。

とても危険だ。

ユーリはもうこれ以上は飲むまいと決意した。


「とても美味しいですね、原材料は?」


「穀類を発酵させて作るんだ。

気に入ったならまた持ってくるよ。」


「と言うと醸造酒ですか?」


「そうだよ、物にもよるがね

コレはこの酒専用に作られた穀物を使っているんだ。」


ザラストル様は楽しそうに教えてくれた

しかし、話を直ぐに元に戻した。


「先ほどの続きだがね

実家が宿屋だったのもあるから

ユーリ、あなたの苦労も分るつもりなんだ。

だから、心配で、以前もお聞きしたんだよ。」


・・・このお仕事は楽しいですかな?

あの発言のことだろう。


いつの間にかザラストル様の見た目が

人間からオーガになっていることに気がついた。


しかしもう驚かない。


「そうですね・・・苦労が多い気はします。」


ユーリは苦笑いをし

気まずさを誤魔化すために

グラスの酒をまた一口飲んだ。

先ほどの決心は何だったのか。


「お客様、と言うより、従業員を雇ったり

他の業者とのやり取りの方が大変だろう。」


・・・想像以上に的を射たお言葉にユーリは驚いた。


「本当にそうです。

お客様はほとんど優しい方ばかりなので

接客はそこまでストレスでは無いのです。」


「君が誠意を持って

もてなしてくれるのが伝わっているんだよ。

・・・実はそんなにチームプレイも

好きじゃ無いんだろう?」


ザラストルはふふッと笑いつつ指摘する。

ユーリの特性を見抜かれていた。

ユーリもまた苦笑いして答える。


「ハハ・・・おっしゃる通りです。

諸々一人で色々やってしまうタイプなので

その方が楽だなって

思うことも沢山あるんです。

でも、当然限界があるので

人に頼らざるを得ないのですが。

距離感が測りづらいと言いますか・・・

いつも誰かに振り回されている様で

悩んでいます。」


ザラストル様は、うんうんと

心地よい相槌を打ってくれる。

ついユーリも口が滑らかになるのを感じた。

そんなこと言うつもりなんてなかったのに。


「言い難いのだが

あのサムエル殿には特に

苦労されていることでしょう。

敵にするのも怖いが、味方にしても扱いづらい。

よく切れるナイフの様なお方だ。

ああ、私がこう言っていたこと

彼には内緒だよ。」


ザラストル様は慌てて付け加えた。


ユーリは無言で数回頷いた。

心底それに同意していた。


ザラストル様はグラスを指先で弄びつつ

にっこり笑っている。


少々間をおいて話し始めた。


「私が思うに人間関係でストレスを溜めないコツは

相手に期待をしてはならないってことだ。

誰もが、自分の物語を生きていて

自分のために動くものだ。

もし他人が私のために何かしてくれたのなら

ラッキーだと思わねばならない。」


・・・真理にも思える。

ユーリはまた一口酒を飲む。


「でも、人を雇って遣うとなるとそうはいかない。

自身の物語に他人を巻き込んで

100%のパフォーマンスを引き出す必要がある。

その匙加減が難しいのだと思うんだ。

でも君は、苦労は多いかもしれないが

情に流され過ぎず、かといって計算的でもない。

非常に上手くやっているから

ここが成り立っているし。

あのサムエル殿とも

上手く付き合えてるんじゃ無いかな。」


ザラストル様のご指摘はとても的確で

お褒めの言葉を選ぶのがとても上手だった。


「いえ、そういう訳では・・・

オーガの世界もそうなのですか?」


「そんなもんだよ。」


いつの間にかザラストル様の視線は手元のグラスから

ユーリの目に移っていた。

思わずユーリも

その黒い瞳をじっと見返していた。


「君は常にベストを尽くして

誠実に相手を思い遣っているのに。

皆何故同じくそうしてくれないのか?

と考えてしまう。

でもそれは君が、とても強く、優しく、賢いから

そう思うだけだ。」


その回答のなんとも聴き心地の良い事か。


「元々君は他人に期待もしないし、興味も持たない。

賢い君は本質がそこに無いことを知っているから。

しかし、今は立場上

他人に期待をしなければならない。

し過ぎてもいけない。

他人を知らねばならない。

知り過ぎてもいけない。

君は君で人がついて来てくれる様に

周りの期待には応え続ける必要がある。

君の本来の性質とは矛盾している。

そこが辛さの原因だ。」


ユーリはずっと抱えている問答が

歌となって、問答の様に

ユーリの脳裏に直接響いていく様であった。

それは、何処かで聞いた事があった

懐かしい音色に聞こえてくる。


頭がふわふわしてくる。


「皆が君みたいに一貫性のある理屈に従って

動いているわけでは無い。

人とは、とても弱い生き物だ。

そうするべきと分かっていても

ついその場その場で甘く、楽な方に流れる。

そう言う弱い者が

実直に生きる君を振り回し

苦しめているんだ。」


だんだん哲学的な話になってきた。

コレは本当にザラストル様の声なのか・・・

段々分からなくなってきた。


「私なら君の苦悩を

君を苦しめるあの男よりも理解できる。

君も、私のことを理解してくれるはずだ。」


ザラストル様の顔がグッと

ユーリに近づいたのを感じた。


「ユーリ、君が私の欲しいものを与えてさえくれれば

私も君の望みを叶えてあげよう。」


「・・・君が、私にって、え?」


ユーリは一瞬ハッと我に帰ったのだが

クワンと、目が回るような感覚に見舞われた。


・・・しまった、気まずさ隠しにお酒を飲みすぎた。

頭が上手く働かない。


何の話だった?


「あなたが欲しいものって何ですか?」


ストレートに聞いてしまった。

また、ザラストル様と目が合った。


「君が望めば、私も教えるよ。」


ザラストル様は優しげな笑みを浮かべ

また、ユーリの髪を解かす真似をする。


「まずは、君の願いからだ。

君は何を望む?」


私は・・・


一瞬考えた。

一番望んでいることは?


仕事

お客様

人間関係

雇用関係

村社会

友達

家族

親戚

戦争

借金

資金繰り


・・・・


自分が望むことは小羽屋の発展だと思う。

しかし、本当にそれは自分の幸せなのか。

楽しいことなのか。


こんなことならいっそ・・・


「・・・もう全て終わらせたいです。」


不意に涙が溢れる。

何故私は泣いているんだろう。

きっと飲んだお酒やら

最近色々あったことやらで

考えがまとまらないのだ。


「・・・すみません。」


ユーリは慌てて訂正するが

ザラストルはにっこりと笑って

それを受け止めた。


「うんうん、大変だよね。」


優しくユーリの頭を撫でる。

その厳つくも、優しいお顔が

ごく自然に近づくのを感じた。


その涙を受け止めるかの様に

ザラストルの唇が、唐突にユーリの右の瞼に触れる。


見た目の荒々しさからは想像もつかないほど

優しい感触であった。

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