78. 訪問
ユーリ突然の帰還に
リトルウィングの皆は驚いてはいたが
オランジェリーパーティの様子を一様に聞きたがった。
意外なことに、噂はリトルウィング内に知れ渡っており
オーガの使節団が小羽屋に泊まったという話まで
出回っていたのであった。
今となっては
あの、ザラストル閣下、シュンテン閣下の
世間的な好感度のおかげで
それを悪く言う住民など、誰もいなかった。
使節団はどの様な様子だったか
国王陛下はご健在か
来賓には誰がいたか
どんな料理が出たか・・・
ユーリがサムエルに黙って
こちらへ帰ってきてから
丸一日しかたっていないのだが
村の人々がわざわざ小羽屋にやってきて
オランジェリーパーティの様子を聞くのである。
ちゃんと報告はしたいので
それなりに返答しなければならない。
・・・にしてもだ。
皆が称賛してくれるので
それ自体はとても嬉しいのだが
そんな大層なものじゃないんだよ。
と、ユーリは内心この話をすることが
全く持って乗り気では無かった。
・・・あれほどまでこの地域を騒がせた雷のゴンゴルドを
皆は忘れてしまったのだろうか。
人喰い鬼に対する悪い感情も殆ど感じられなかった。
今回の停戦合意で
ユーリの生まれ故郷である北方島国がどうなるのか
気にしてる者もいないのも不思議であった。
最も、ユーリがそこの出身であることまでは
皆知らない様子であった。
そこは皆あまり興味がないのかもしれない。
今、多少の食品を卸すために来ていた
スミス酒店の店主と
いつもはあまりしない長話をしていた。
ユーリは少々疲弊していた。
スミス酒店の店主は
基本的には好人物なのだが
話の節々に経営戦略等の探りを入れてくるのが
ユーリとしても、大層神経を使うのである。
ようやく店主が帰って
ユーリは皿磨きを始める事ができた。
・・・こちらへ帰ってきてから丸一日。
諸々冷静になったので考えも及んでくるものだ。
我ながらこの帰省は少々軽率だったかもしれない。
・・・とは思うが
こう言った行動をサムエルに制限される筋合いもない。
次に会ったときにちゃんと・・・
急にユーリは即座に突っ込む。
・・・次に会った時って何なんだろう。
いつもサムエルが勝手にあの転移の鏡を使って
メモを残していくか、突然に会いに来るか
それだけなのである。
それだけという事は無いか。
そもそも我々の関係の最もらしい根拠と言えば
サムエルは、魔法契約に乗っ取って
サムエルはユーリの金銭を貸付け
ユーリはサムエルにそれを返済する。
サムエルはこの小羽屋の手助けをする。
そういった関係なのである。
現にサムエルは、これ以上無いくらいに
良くやってくれているのでは無いか。
こんな、何の後ろ盾も無く
平凡なこの私に対して・・・
ユーリはまたどんよりとした気分に陥る。
本来は、私が小羽屋を経営しているんだから
全て自分で何とかしなければならない。
そんなことは分かりきっているじゃないか。
・・・そもそも私は
何をサムエルに期待している?
その時突然
外から雷鳴が轟いたのが聞こえた。
ユーリは突然の雷鳴に
ギャッと小さく悲鳴を上げて驚く。
手元の皿を取り落としそうになるのを
慌てて取り押さえる。
心臓がドキドキしていた。
気が付かないうちに
雪が雨と雷に変わったのであろう。
その轟を皮切りに
雷鳴と雨音が騒がしくなったのを聞いた。
ユーリは少々冷静になった。
・・・まあ、今回の帰省にしたって
ごちゃごちゃと考えてしまったが
大人として、不自然では無かったはずだ。
もし次話す機会が出来たら
何事も無かったかのように振る舞って
パーティーをセッティングしてくれたことに
ちゃんとお礼を言おう。
うんうん、とユーリは自身を
無理やり納得させることとした。
おそらく自分とサムエルが
対等に話せない気がしてしまうのは
種族とか身分とか以前に
サムエルにしている借金のせいなのだ・・・
何とか早めに返済できれば
私もサムエルに振り回されずに
行動できるはずだ。
・・・いや、しかし
あの時の提案は非常にありがたい物であった。
実際、あの後閑散期も多く
銀行返済のままであったら
滞納が何度かあったはずだ。
本当に感謝しかないのだが
何か釈然としない・・・
とまた、モヤモヤとした思考に陥っている
その時であった。
カランカランと
小羽屋の入口のベルが鳴り
外の雨音がダイレクトに聞こえてきた。
来客である。
ユーリは拭いていたお皿を一旦起き
キッチンから出て行く。
「はーい、いらっしゃいませ・・・」
雨と雷に映し出される
まだ扉の向こう側にいる来客は
背が高く筋肉質で
にこやかな人間の壮年男性に見えた。
脱いだ帽子とコートを
小脇に抱えている。
その笑みは快活で
独特の包容力を帯びている。
知っている笑顔だ。
しかし、想定もしていなかった人物
いや、オーガが、そこには立っていた。
「ザラストル閣下・・・ですか?」
また雷が鳴る。
雷がやけにうるさい。
ザラストル閣下は一層にっこりとして答えた。
「はい、突然お邪魔して申し訳ない。
急遽本国へ帰還命令があったものだから
私一人蜻蛉返りでして。
この間のお礼も何もできなかったし
よかったらこの品をと思ってね。
寄らせてもらったのです。」
と言って、包装された細長い箱を手渡してきた。
オーガの文字で何か書いてあるが
読めなかった。
ユーリはオーガ文字には明るくなかった。
「これは?」
「オーガの里で作られる秘蔵の酒なのですよ。
ユーリ支配人は何となく
お酒がお好きそうに思えたので。」
ザラストル閣下が柔らかく笑った。
そして、刹那に真剣な表情に戻った。
「実のところ、先のオランジェリーパーティーのご様子も
とても気になってしまって。
私の不用意な発言で、困らせてしまったのでは無いかと
ミノルテ島もだが、北方諸島は・・・」
ザラストル閣下は非常に気まずそうな顔をした。
ユーリも新聞で読んで知っている。
東大陸北に位置する北方諸島は
ユーリの生まれ故郷のミノルテ島も
停戦合意の中でオーガ領とする。
と明記されてしまったのだ。
「私もあの後他の外交官に捕まってしまって
最後までお話ができなかったので。
申し訳なかった。」
頭を下げている。
「や、やめてください。
顔をおあげになってください。
ザラストル閣下。
・・・閣下のせいではございません。」
「いやいや、あの場で言うべきことでも無かった。」
また、頭を上げてくれない。
・・・まあ、それはそうかもしれない。
ユーリはどうするべきか全くわからなかったが。
こう言わざるを得ない雰囲気でもあった。
「よろしければ、立ち話も何ですので
そうぞお上がりください。
少々お茶などいかがでしょうか。
お時間がございましたら・・・」
ザラストルは漸く頭を上げて
一層にっこりユーリに微笑んだ。
「ありがとうございます。
頂戴できますかな。」
ザラストル閣下が小羽屋の扉を締めると
外の雷鳴と雨音が気にならなくなるくらい
しんと、静かになった。




