75. ロイヤルパーティ
国王皇后両陛下の歓談も終盤に差し掛かる頃には
オランジェリー内を
肉が焼ける良い匂いが包み込んだ。
この後は立食式で食事が振舞われるとのことなので
その匂いなのであろう。
最終的に国王皇后両陛下は
階段を数段登った先にある小上がりの席にお座りになった。
執事っぽい方が
白い手袋をつけた手を広げる。
「皆様!お食事を!」
その合図と共に、瞬く間に
先ほどまで陛下が歩いていた通路に
食事が乗せられたテーブルが現れた。
全て人が運んで来ている。
その手際の良さに一瞬魔法かと思うくらいであった。
ユーリはまた酷く感心してしまっていた。
テーブルの上には、とりどりのオードブル
そして、串に刺さった鴨肉のロースト・・・
先ほどのはこれが焼ける匂いだったか。
ユーリも聞いたことがあった。
焼き鴨はこの会の定番だとかなんとか。
周りの人々も
先ほどまでの緊張感を解いて
食事のテーブルへと流れていく。
サムエルもそれに続いたので
ユーリも付いて行った。
奥の舞台では楽器演奏と演舞が行われ始めた。
それを指差しサムエルが言う。
「あいつ僕の後輩なんだよ。今回に斡旋してやった。」
中央には若い人間も男性が演舞をしているのが見える。
ユーリはへー・・・と
鴨肉を食べながら眺めた。
「まあ、サムエル!
人間国に帰ってきてたなんて!
随分お久しぶりじゃないの?」
突然ヒラヒラとした
美しい女性の声が聞こえた。
振り返るとユーリよりは一回りくらい年上の
お上品お綺麗な人間の女性が
サムエルに話しかけた。
「これは、ロレンヌ公爵夫人
ご無沙汰をしていてしまい、申し訳ございません。」
サムエルがロレンヌ公爵夫人に握手し
丁寧にお辞儀をした。
「先月の私のコンサートには来てくださらなかったわね。
私は先週のあなたの演舞会は見にいったのよ。
第二部の婚礼の儀の踊りが特に素晴らしかったわ!
でも貴方、全く顔を見せてくれないから・・・」
ロレンヌ公爵夫人は
ユーリに気がついた。
ユーリはといえば
サッと、他人のふりをしたのだが
手遅れであったようだった。
つい、その光景を見入ってしまっていたのだ。
ロレンヌ公爵夫人は
ユーリの帽子のてっぺんから、つま先まで
ジロジロっとした視線を送った。
「あら、この子は何?」
ユーリはその言動
しかも、トゲとも言えぬ
何か、含みのある表現に違和感を覚えたが
否、先程見入ってしまったのが
失礼であったのだろうなと
すぐさま反省した。
「こちら、ユーリエ・ローワン。
リトルウィングにある宿屋の支配人です。
・・・今回地方活性貢献の枠で・・・
私が宿屋の監修をしておりますので・・・」
サムエルはそれらしい嘘をついた。
ユーリは気を取り直して笑顔を作り
用意しておいたビジネスカードを手渡した。
「初めまして。お会いできて光栄です。
私、イーシュトライン侯爵領リトルウィング村で
小羽屋と言う宿を営んでおります。」
ロレンヌ公爵夫人はそれを受け取り
まじまじと眺めた。
「ユーリ、こちら、エリナ・ロレンヌ公爵夫人。
王立音楽学校の御出身で
王立劇場で主演も務めるオペラ歌手なんだよ。」
どうりで声も美しい。
ユーリは改めて目の前の公爵夫人を拝見した。
色白で、豊かな黒髪。
くっきりとした目鼻立ち。
非常に美しく可愛らしい印象であった。
全体的にふっくらとしているが
太っているという訳ではなく・・・
・・・その美声を発するために
発達されれた機関なのだと
ユーリは理解した。
「是非、拝聴したいです。
私実はオペラはまだ見たことがありません。」
にっこりとユーリは答える。
・・・そもそもオペラって
王立劇場以外だとどこでやってるんだろう。
気の利いた感想も出ずにいた。
ロレンヌ侯爵夫人はユーリが私たビジネスカードを
しばらく眺めていた。
「へえ・・・ねえ、サムエル
私、マランダルに別荘があるのよ。」
突然その美声を発する。
マランダルと言うのは
イーシュトライン侯爵領内にある
高名な別荘地帯であった。
リトルウィング村よりはかなり南に位置する。
「慰安も兼ねて夏はそこで過ごすの。
今度はそちらにおいでなさい。」
サムエルににっこり笑いかけた。
「はい、是非お伺いしたいです。
ユーリも、ロレンヌ夫人に色々
教えてもらったらいいよ。」
サムエルはユーリにもフォローしつつ
ニコリとしてそう答える。
・・・ユーリのなけなしの女の勘が
その返答はマズいぞと
警鐘を鳴らした。
「ええ、機会があったらね。」
案の定、ロレンヌ公爵夫人は
あからさまに、面白く無い、と言う顔をした。
「エリナ!こちらはサムエル殿ではないか!
ご機嫌いかがかな?」
恰幅の良い男性が現れた。
「これはこれは、ロレンヌ公爵閣下。
ご機嫌いかがですか?」
サムエルがまた恭しくお辞儀をする。
「おかげさまでね。
最近では紡績の交易船がうまくいってねえ。
エルフ国への輸出も始まりそうだ。
またアドバイスをお願いしたいんだが
ミーティングをお願いできるかね?」
「もちろんです。」
「こちらに紹介したい方が、xx運輸の会長で・・・」
サムエルの周りには
いつの間にか違う集まりが形成されてしまった。
ユーリとしてはあのピリッとした空気を
ぶち破ってくれた
ロレンヌ公爵閣下には感謝したいが
ロレンヌ公爵夫妻には
ユーリのことが殆ど見えていない様子である事は
気になるところであった。
ユーリはその集団から距離を取り
人だかりの少ない場所に移動し
料理を取りに行くことにした。
とりどりのオードブルはユーリの心を解した。
この温室内で取れたのであろう
オレンジ、ザクロ、ココナッツミルクを利用した
スイーツが充実しているのも良い。
「これは、ユーリ支配人!」
ユーリは、ココナッツミルクのプリンを食べていると
唐突に声をかけられた。
聞き覚えのある、深みと包容力のある声。
目の前には以前目の当たりにした
人喰い鬼と、人間の
間を取ったような見た目をしたお方が立っている。
先ほど、遠目に拝見もした。
ザラストルであった。
「これはこれは、見違えました。
いつも素敵ですが
本日は更に素敵なドレスをお召しになっている。」
形式的なお世辞であることは分かるが
見た目を褒められるのは悪い気がしない。
「ザラストル閣下、またお目にかかれまして
光栄でございます。」
ユーリはお辞儀をした。
「ユーリ支配人も参加されていたとは。
ああ、サムエル殿のお供ですな?」
ザラストルはニコっりと笑い
ユーリの手を取った。
「いえ、そういう訳では無く・・・」
実際違うのだが何とも言えない立場だ。
非常に歯切れ悪く答える。
ザラストル閣下は
サムエルが遠くで人に囲まれているのを
少々見やっていた。
「貴方のような美しい方を一人で置いておくなんて。
サムエル殿も罪な方だ。
しばし、私にお付き合い願いますかな。」
美しい、などと言う言葉は
ユーリにとって自分を指す表現としては
聞き馴染みが無い言葉だった。
お世辞100%である文言だと言うことは
もちろん分かる。
それでも、ユーリはその物腰に感動と
安心感を覚えてしまう。
「ありがとうございます。恐縮です。
新聞も拝見しましたが
無事にセントラルタワーにご到着されて安心しました。」
ザラストル閣下もココナッツミルクのプリンを食べていた。
「うん、本当にユーリ支配人のお陰だよ。
シュンテン殿なんて、疲れすぎて
登場シーンに差し支えるんじゃ無いかって
言われてたんだけども。
おかげでバケモノ顔にならずに済んだって
ご本人もほっとしていたよ。」
クスッとユーリは笑ってしまった。
バケモノって・・・申し訳ないが想像がついてしまった。
「あ、申し訳ありません。」
ユーリは慌てて訂正する。
それを見てザラストル閣下は更に微笑んだ。
ユーリのことを優しい眼差しで見つめている。
しかし、少々言いにくそうに続けた。
「以前もお伺いしたいと思っていたが
貴方のそのお顔立ち・・・
もしかしたら北方諸島のご出身かな?」
唐突に聞かれた質問に
ユーリは一瞬固まる。
しかし、ここで嘘はつけまい。
「はい、そうです・・・」
このことは先の使節団にも秘密であるはずだった。
顔立ちでバレる・・・
想定していなかった。
今までにそんなことは一度もなかったのだ。
そもそも自分の顔立ちなんて
目が細いとか、堀が浅いとか
幼少期は、そう男子に揶揄われたこともあった。
決して自分で気に入ってはいない。
「何島かな?」
・・・とにかく、答えねば。
「ミノルテ島です」
「東側の大きな島だ。ご家族はご健在か?」
「・・・はい。」
はい、と言うか
両親以外の安否は実のところ、知らない。
あの島に親戚がいるという話は
聞いたことが無かった。
ユーリは胃の奥がグッと締め付けられる感覚に見舞われた。
ザラストル閣下は心配そうな顔を止めない。
「いや、このような場で話すことでも無いかもしれないが。
この時期に、貴方の様な方に出会えたことが
運命である様に思えて・・・」
ザラストル閣下は続ける。
「先の争いでは極めて残念でした。
察するに、ご年齢的にも・・・
貴方の様な小さき者が
悲しい思いをすることは私とて心苦しい。
立場上何も出来ないのだが、どうぞご了承ください。」
ザラストル閣下は再度敬意の会釈と
死者への哀悼の意を表す仕草をした。
ユーリはと言えば
それこそ軽く形式的なお辞儀をしていたが・・・
本心としては、非常に混乱していて
何も言うことができなかった。
その記憶が無い自分は
生身の感想が言えない、と言う現実がある。
しかし思うところは、あり過ぎるほどにある。
今回のオーガの使節団受け入れに際しても
たくさん悩んだ。
実際亡くなった人は大勢いる。
いまだに苦しんでいる人もいる。
戦争は絶対に許容なんてできない。
故郷を奪ったのは戦争であった。
フィヨナお婆ちゃんとの暮らしは幸せであったが
幼少期は両親と暮らしていたら
と考えていた日々もあった。
何も言うことができない。
この言動が何かを変えるのも怖い。
こんな場で
北方島国代表と捉えられてしまっても困る。
何と言うのが正解かもわからない。
ここへ来てからずっと考えていた
もしかすると
何を言っても、何を言わなくても
きっと正解なんて無いのでは無いのだろうか。
何を言うかでは無く
誰が言うか。
ただそれだけ。
ここはそんな空間なのだ。
今度はユーリの喉の奥に何かがつかえた様な感覚に見舞われた。
何も答えずにいるわけにもいかないので
ザラストル閣下に向けて、笑うしかなかった。
うまく笑えている自信もなかった。




