74. 国王皇后両陛下
ユーリは翌朝、想定よりも早く目が覚めてしまった。
ソワソワと部屋中を動き回っていても仕方がないので
身支度を始めることにした。
全身鏡に映った自分を改めて見る。
イーシュトラインの服屋さんで見繕ってもらったドレス。
今流行りの燻みカラーと言われているらしい
少々スモーキーな色合いの
ワインレッド色のノースリーブドレス。
そこに上から足元まで覆うような白のオーガンジーアウターを着る。
これまた流行りであるらしい。
胸下に、中のドレスと同じ色のリボンを巻く。
靴はプラチナゴールド色で、エナメル素材。
何も入りそうにない小さいバッグは
煌めくビーズが
全体にあしらわれている。
帽子はドレスに合わせて白と燻みワインレッド。
大きな花のワンポイントが特徴的である。
普段着慣れない服なので
思いの外時間がかかってしまった
早起きして正解であったと、ほっとする。
ユーリはムズムズとする仄かな痒さを
背中に覚えた。
・・・事実、ぱっくりと
背中が空いているのだ。
9:30か・・・
開催現場まで徒歩20分ほどであるので
絶対に出発するには早いのだが
何もすることがなかったので
つい出ていってしまった。
少々着飾りすぎて、周りと浮いている気がする。
・・・まあ、コートを着ているので誰も気にしているはずもない。
自意識であろう。気にしないことにする。
しばらくメインストリートをうろうろして
10:00になった。
やっぱりまだ待ち合わせよりは早いのだが
もう現地に行ってしまおうと決意した。
レイルロード宮殿の正門はすでに
パーティの招待客であろう方々が入門していた。
ユーリも門にいる近衛兵にパーティの招待状を見せて
宮殿内に足を踏み入れた。
ありがたいことに順路が記してあった。
レイルロード宮殿は居住スペースこそ
こじまんまりとしているのだが
このグランドオランジェリーが
大いなる存在感を放っている。
手前のおそらく待合があるスペースは石造りである。
その他は深い緑色の骨組みと、ガラスで出来た巨大な温室がある。
これを作ったとか言われている
何世紀か前の王様は植物と蝶々の愛好家であったとのことだ。
待合スペースに足を踏み入れると
中の空気が一気に暖かかくなるのを感じた。
コートを着ていては当然に汗ばむ。
そう思った矢先
執事の様な雰囲気の男性に声をかけられた。
クローク担当のスタッフであるとのことだ。
ユーリのコートを流れるように脱がせ
管理番号の札を渡してくれた。
上を見やると
美しいステンドガラスのホールが見える。
待合の奥には温室になっているであろう空間が見える。
見たこともない植物がひしめき合っている。
むしろ早く来て温室の中を見学すればよかった
と後悔に見舞われた。
しかし、ここでサムエルと待ち合わせているのであるのだから
それはどちらにしろ不可能である。
ユーリはサムエルが現れるまで
壁の花となることにした。
しばらく経ち
懐中時計を見ると10:45ちょうど
その時であった。
本当に彼はよく目立つ。
入口からよく見知ったエルフが
大衆の動きの数倍の速さで
ツカツカと歩いてくるのを見つけた。
ユーリはサムエルに歩み寄る。
・・・しかし、華麗にスルーされてしまった。
サムエルは近くの壁に寄りかかって
腕組みをして暇をもて余し始めた。
ユーリが再び近づく。
しかしサムエルは・・・
それを避けるように反対側の壁に行ってしまう。
ユーリはその行動の意味がわからなかった。
しかし、漸く合点した。
おそらくサムエルは、ユーリを、ユーリとして
認識していない。
服装がいつもと違いすぎるせいであろう。
なんと言っていいかわからない感情に包まれるが
今度は、「サムエル、おはようございます!ユーリですよ!」
と大きく声をかけながら近づいた。
サムエルは今度は目を大きく見開き
目の前に現れた人物の全身を
まじまじと見つめた。
しばらくの後
漸くサムエルは視界に、理解が追いついた様であった。
「なんだ、君か。」
一言、それだけ述べるサムエル。
いつもの様にささっとした動きで
「行くよ。」
と、また、一言
入り地へと歩いて行く。
今日はいつにも増して塩対応だな。
時短モードだと言っていたが
これのことか。
それにしても、エスコートをする気が毛頭無いらしい。
ユーリとて期待はしていなかったのだが。
ユーリは諸々合点した。
ふうっと、ため息をつきつつその後を追った。
「招待状、貸して。」
サムエルがユーリに振り帰らないまま手を出してきた。
ユーリも何も言わずにその手に自身の招待状を渡す。
入口にはまた執事っぽい人がいた。
サムエルがその人に、招待状を渡す。
「アラミンドル王国より、 サムエル・ロビンズ・ラウレヘン・ノル・カシリオン様!
ユーリエ・ローワン様!」
唐突に叫ぶその人。
ビクッとなるユーリ。
自身の名前が大声で呼ばれるのは
なんとも居心地の悪さを感じる。
しかし、目の前に現れた光景が
その不快感を吹き飛ばした。
むわっとした湿気と柔らかな暖気が鼻から肺に入ってくる。
まるで南国に転移でもしたかの様な感覚だ。
辺りを見渡せば
実際に大陸の南からやってきたという椰子の木
たわわに実をつけた季節外れのオレンジ、ザクロの木。
そして名前も知らぬ奇妙な植物たちが茂っている。
背の高い木々よりもさらに高い天井も壁もガラスでできており
惜しげもなく陽の光が降り注いでいた。
光は葉に反射し、幻想的な輝きに包まれている。
そして宙には無数の色とりどりの蝶が
音もなくふわりふわりと舞っていた。
これがロイヤルグランドオランジェリー
ユーリは感心して辺りを見渡していた。
温室の中央には平らな一本道がある。
ここを国王陛下と皇后陛下が歩いていらっしゃるのである。
中はすでに大勢の人で埋め尽くされていた。
「サムエル!こっちですよ!」
女性の声が聞こえた。
振り向くと、中年ほどの貞淑そうな人間の女性が
サムエルをニコニコと呼んでいた。
サムエルが歩み寄り握手をする。
「サムエル、お会いするのは
お久しぶりですね。
人間王国にいたなんて!
いつもあなたは捕まらないからね。
ロレンヌ公爵夫人も困っておいででしたよ。」
「ラモール伯爵夫人、ご無沙汰をしており申し訳ありません。
こちら、紹介します。以前お話しした
ユーリエ・ローワンです。
こちら、エレン・ラモール伯爵夫人
今回のパーティーコーデイネーターの一人。
君を無理やりここにねじ込んでくれたのも夫人だよ。」
例のコーディネータの方か。
「まあ、彼女が支配人さんなのね。
想像よりお若くてかわいらしいわ。
初めまして。お会いできて光栄です。」
ラモール伯爵夫人はにっこり笑っう。
「この度は、大変な会に・・・誠にありがとうございます。」
ユーリは慌ててお辞儀をする。
「それよりサムエル、ミス・ローワン。
陛下にお声がけ頂けるように前の方に行かなければ!」
ハイハイ、とラモール伯爵夫人は
人の群がりを掻き分けて
二人を道の最前列へと促す。
更に、ユーリの名前が書いてある名札を私くれた。
そして、伯爵夫人は懐中時計を見た。
時刻は午後11時であった。
「そろそろ御登殿のお時間だわ。」
そう言い終わらないうちに
突然恭しいラッパと小太鼓の音がした。
おそらくこれは国王皇后両陛下御登殿?のファンファーレである。
ごとうでん・・・なんて言葉は
ユーリには初めて聞く言葉であった。
そこに注目が集まると男性が恭しく声を張る。
「国王陛下、皇后陛下、御出ましー!」
大きな扉が開かれると、その先から思ったよもり小柄な
人間の男女が現れた。
この人達が現在の
人間王国の国王、皇后両陛下であった。
はライアン2世国王陛下、ジョセフィン皇后陛下
懸命で、慎ましやかなお人柄から
国民人気が非常に高いお二方である。
案の定ジョセフィン皇后陛下は
黄色のドレスをお召しになっていた。
あの服屋のお姉さんの言う通りだ。
お二人がお出ましになってから
参列者に丁寧にご歓談されているご様子だ。
「今話してるエルフがアラミンドル国の在人間国大使
奥さんは人間なんだ。」
サムエルが教えてくれた。
・・・あの人がそうなのか。
エミルが何か噂していたような。
思い出せないでいるのだが
隣には金髪が目を引くとても美しい女性が控えていた。
次に今陛下がお話になった相手には見覚えがあった。
「ザラストルの奴、来てたんだな。」
サムエルは何故か不機嫌そうに言う。
ザラストル閣下・・・オーガと人間の中間バージョンであった。
そして、パゲーノ様もいらっしゃっている。
・・・彼は先日報道で正式に
多種族連盟駐在員として選ばれたと
発表されていた。
端の方にいるユーリのところへはいつ到着されるのやら・・・
参列する人の数を見れば気が遠くなりそうだが
それでいい。
ユーリは恐る恐るサムエルに聞いてみた。
「私は何を聞かれて、何て言えばいいんですか?」
「まあ・・・適当に。」
またサムエルに聞いたことを即座に後悔した。
「そこまで肩肘を張らなくても、良いのですよ。」
ラモール伯爵夫人も優しげに返答してくれたが
あまり参考にはならない。
とユーリはまた軽く絶望の淵に立たされた。
しばらくすると、両陛下の会話が聞こえるレベルまで
近づいて来られたので。
必死に耳をそばだてる。
こう言うのは、前の人の言動を参考にするのが一番良い。
そして、ついに、ユーリとサムエルの目の前に
国王、皇后両陛下が立ち止まられた。
また執事っぽい方が傍に控えていて
ユーリの名札を見ると、そっと陛下に耳打ちされた。
国王陛下はまずサムエルにお声がけをする。
「先の国際演舞会では大変なご活躍でしたね。」
「恐れ入ります。」
サムエルは短めに、しかし今までに見たことの無いくらい
丁寧に、深く、お辞儀をした。
そして滑らかに歓談が始まっていた。
ユーリは皇后陛下からお声がけされた。
「遠いところからおいでになったのね・・・
イーシュトラインの保養地には毎年夏に伺うのですよ。」
優雅に微笑んでくださった。
お上品で、慈愛に満ちた眼差しであった。
そうか、ユーリの情報はそのお隣の執事っぽい人が
全て把握しているのだな。
・・・しかし。
「それは素晴らしい事です。」
ユーリは深くお辞儀をしたまま発言した。
それくらいしか返す言葉が見つからない。
「今年は名産のカカポペアの出来はいかがでしたか?」
続いて聞いてくださった。
「お陰様で、今年も順調であったと聞いています。」
・・・もしかしたら不調だったかもしれないが
正直カカポペアの事など分からない。
国王陛下も同じように
今年もルミナス山の雪景色が美しいのでしょうねとか
イーシュトライン侯爵とは先日合ったばかりです
などと、そんな当たり障りの無いやり取りを
何ターンか続けてくださった後
では、と執事っぽい方のお声がけと共に
ラモール伯爵夫人への声がけに移っていった。
国王皇后両陛下は非常に穏やかで
素晴らしいお人柄が伺える。
人間国民として、王室への愛情が増す。
そうれはそうなのだが・・・
ラモール伯爵夫人と国王陛下、皇后陛下が
歓談されている様を見つめながら
ユーリはぼーっと思考していた。
このためにユーリは
マナーのための本を探していたのであるが
見つかるのは
"高級レストランで恥をかかないための作法"
"就職活動に役立つ!大人のマナー"
"結婚挨拶のための100つのマナー"
こんな内容のものは死ぬほど存在したのだが
ついぞ
"国王陛下主催パーティのためのマナー"
と言う本を見つけられなかったのである。
それは何故なのか。
サムエルや、このラモール伯爵夫人を見ていれば
ユーリにはなんとなく、分かるような気がしていた。




