73. ドレス選び
ユーリは宿屋番付の評価を一通り読み終えて
受付のルイーゼに別れを告げた。
・・・さあ本日の本番、ドレス選びだ。
目星をつけているお店は
ビックネームでは無いが
イーシュトライン発祥のメーカーで
アトリエ・ヘルプストと言う名のドレス店であった。
手作りが売りの中堅ブランドの店だ。
社長ヘルプスト氏のこだわりなども
雑誌のコラムには細やかに書いてあって
ユーリも個人的に気になっていたところであった。
・・・あまりの有名ブランドでは
ユーリも着こなせる自信もなかったのも事実であった。
落ち着きつつも洗練された美しい内装の店内は
ユーリの乙女心と購買意欲を、程よく刺激した。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
ユーリより少々年上に見える女性が現れた。
ルイーゼと同じくらいのお年頃であろうか。
これは極めてありがたい。
事前に、例の新聞の写真。
中央に映る国王、皇后陛下を、不敬ながら無視し
周りの人々の装いを
拡大魔法も駆使して観察し
勉強してきたつもりなのだが・・・
ユーリはもう、この店員さんに全てお話して
相談しながら決めようと決めた。
一通り話すと
その店員さんは、ユーリの想像以上に感激してくれた。
「え?鳥肌立ちました・・・
お客様、お若いのに!!
本当にすごい!そんな特別な会の装いとして
当店のドレスを選んでくださって
ありがとうございます!」
店員の方は、可愛らしい笑顔で
ユーリの説明の感想を述べてくれた。
そして素晴らしい文言なので
ユーリもいつか自身のお客様にも言いたい
と思ったのは、秘密である。
「私もテンションが上がってきたので
全力でやりたいです!
お客様、まず、お客様に合うカラーと
お洋服の形の診断から始めさせてただいても
よろしいでしょうか?」
・・・なんだそれ?そんなのがあるのか。
よく分からないが
「お願いします!」
お姉さんが一気にプロの顔になるのがわかった。
先ほどまでの可愛らしい笑みから
鋭い視線が放たれた。
「お客様の髪色と、瞳のカラー、肌質、血管の色を見るに・・・
お客様はブルベの夏というタイプで・・・」
・・・血管の色?
自身の手首をまじまじと見る。
他の人は、これ以外の血管の色をしていると?
「骨格。
首が細長いですね。
鎖骨が綺麗に見えるし
胸板は薄いけどお胸は豊かなので
実際問題肩こりと腰痛が大変ですよねきっと。
・・・失礼ですが
肩幅はややしっかりめで
下半身のお肉付きが良くていらっしゃいますね。」
血管だの骨だの肉だの
何やら黒魔術っぽさまである。
心なしかユーリの体全体が
この店員さんにスキャンされている様な
妙な感覚に見舞われる。
「お顔。
お体に比べると小さめ
頬骨はしっかりめ。顎は細い。
少々面長ですね。素敵です。
可愛いより綺麗なお姉さん系のお顔立ちですね。」
今度は店員のお姉さんはユーリの体全体を見るように
フレームアウトした。
「ざっくり全身がX的な印象なので
胸下切り替え系のドレスの方が
お上品に見えるかも知れませんね。
デコルテは見せたら綺麗だろうな・・・
ああ、でも、大御所のお姉様方に目をつけられたくないですよね。
あくまで肌見せは避けたい。
昼の会ですしね。
温室だからそこまで厚着もいらないですね。
あの、ネイビーのタートルネックのドレスとか
すっごく似合うだろうなー」
同時に会の趣旨まで考えてくれている。
さささっとオススメのドレスを何点か持ってきた。
そのお客様を不快にさせず、喜ばせる言葉選び
お客様が納得する根拠の用意
手早くかつ的確に進められる手際。
このプロの仕事。
ユーリは目の前の店員さんを羨望の眼差しで見つめていた。
見習わねばなるまい。
自身が宿屋を経営しなければ
こんな気持ちになることもおそらくなかったはずだ。
などと別のベクトルに感動しながらも
ユーリもよく分からないままに
流れるような試着祭りが開催される。
ユーリからしたら
どれも素敵なドレスに見えるのだが
店員のお姉さんが納得していない様子である。
ユーリは聞いてみた。
「この黄色のやつは・・・」
「このレモンイエローのですよね
とても良いと思ったんですけど
今の皇后様って黄色がお好きで
いつもお召しになってるのを思い出したんです。
避けていくに越したことは無いですね!」
・・・知らなかった。
「それじゃ、こっちのグレーのは・・・」
「アッシュグレーのですよね、これは地味過ぎるからダメです。」
・・・ダメか。
ユーリはもう全てをこの店員さんに、お任せすることにした。
結果的にこの店員さんは
1時間ほどで
すごく素敵なドレス、バッグ
帽子、アクセサリー、靴を選んでくれた。
ユーリもそれが必要であることに
気が付かなかったが
装いに合うコートまできっちり選んでくれた。
・・・思えば私は会場までどうやっていくつもりだったのだ。
「ありがとうございましたー!」
とにこやかな挨拶と共に送り出される頃には
ユーリはかなりぐったりとしていた。
ザイカとの待ち合わせ場所に到着すると
ベンチに座って、しばしボーッと本日のことを反芻する。
先ほどのお店、また宿屋とは違うが
別の分野のプロの仕事を目の当たりにし
本当に勉強になった。
当然コートのことを失念していたので
ユーリの想定より少々予算はオーバーしたが
良いお金の使い道だった!と
謎な達成感の様なものが生まれるほどであった。
観光組合の受付、ルイーゼにしてもそうだ
感じの良い、明るい雰囲気。
いつかどなたかに言われてしまった事があったが
雰囲気は大事だ。
改めてユーリは認識する。
「宿の運営のヒントは、何も宿の中だけにあるわけじゃ無いんだから。」
サムエルの言葉が急に身に沁みた。
最近は宿に篭りきりであったから
世間が狭くなったように思える。
サムエルの言う通り
たまにはこのように外に出て
了見を広げるべきなのだ・・・
と、ユーリは今日の外出がとても有意義なものになったのを
一人、ベンチに腰掛けつつ大いに噛み締めていた。