72. イーシュトラインへ
「クラウドに頼んで一緒に行ってもらうことになったから。」
サムエルは、翌日の朝
突然現れるや否や
ユーリにそう言ってきた。
「・・・はい?」
「だから、オランジェリーガーデンパーティー。」
成程、クラウド様が来てくれるのか。
それなら非常に安心だ。
「本当にありがとうございます。とても心強いです。
クラウド様にもお礼しないと。」
諸々を昨晩覚悟したところだったのだが
強い安心感を覚える自分がいた。
情けないお話であるが是非お頼りしたい。
・・・正直のところ、エスコートと言う面で言えば
サムエルよりよっぽど頼り甲斐がある。
「僕も行けるように調整はしてみてるんだけどね。
ただ、前後めっちゃくっちゃ予定詰まってるから
行ったとしてもすごく慌ただしいと思う。
途中で帰るかもだし。」
サムエルはぶっきらぼうにそう言う。
なぜ不機嫌になるのだろう。
ユーリにはいつも
サムエルの不機嫌になるタイミングがわからないでいた。
・・・でも、忙しい中調節してくれているのだな。
そこは感謝せねばならない。
「お忙しい中、すみません。
ありがとうございます。」
ユーリは頭を下げた。
サムエルはそれだけ告げると
また足早に転移の鏡の向こう側へと行ってしまった。
ユーリは少々肩の荷が降りた思いがした。
何はともあれ、本日は
ユーリの中でも一大イベントの日だ。
パーティー用の服を買いに行かねばならない。
まず、そこに至るにも問題が生じた。
服を買いに行くため服が無い。
この問題が世間に存在することは聞いたことがあった。
ユーリは、性分的にそんな事は
気にも留めたことがなかったのだが
今回は違う、高級な洋服店に行くのだ。
ダサい服は絶対に着られない。
ユーリは、王都で着ていた他所行きの服を
一年ぶりに引っ張り出した。
同時に感慨深い気持ちにもなる。
ザイカに高速馬車を出してもらって
イーシュトラインに赴く。
久しぶりのイーシュトラインの街は相変わらず賑やかで
地方都市ではあるものの非常に活気がある。
多種族連盟が発足する前は
ここが人間王国の王都であったこともあったらしい。
古き良き街並みも、とても美しい。
ザイカに帰りの待ち合わせの約束をすると
高速馬車の運用へと去っていった。
ユーリは、調べた洋服店を何店舗か回ることにした。
とはいえ、事前の調べで本命は決まっていた。
・・・のだが
まず行きたいところがあった。
ユーリはイーシュトライン役場へ向かう。
イーシュトライン観光組合はここにあるはずだ。
宿屋番付の張り紙を見に来たのである。
前回ここに来たときは冒険者ギルドが大荒れであった。
それでエミルとも会ったのだ・・・
・・・余計なことを思い出した。
今その冒険者ギルドは
停戦中と言うこともあり
依頼自体が非常に少なくなっていた。
人もまばらである。
内容を見てみると
目立った魔物はやはり出現していないらしく
バンパイアコウモリ退治、軍隊アリ退治、ケルピー退治・・・
自然発生している魔物の討伐、と言うか
駆除に近い依頼ばかりである。
停戦が本格化したら冒険者に対する補助とかも
あるのだろうかと
ユーリは漠然と心配になる。
そして、観光組合の方を見ると
結構目立つ場所に宿屋番付の掲示板が置いてあった。
受付に女性がいるので声をかけることにした。
「こんにちは、ご用件をお伺いします!」
受付の女性はユーリが近づくのを見ると
明るい声で声をかけてきた。
「私、小羽屋の支配人で、ユーリエ・ローワンと申します。
いつもお世話になります。
もしこれよろしければ皆様で
召し上がってください・・・」
徐に菓子の箱を手渡す。
以前ハチの子猫を引き取ってくれた
リトルウイング村にあるチーズ工房が作る
ヤギチーズのクッキーである。
このチーズクッキーは
自身もどちらかといえばしょっぱいもの好きなので
よく作っていたのだ。
あまり甘くなく、野菜を練り込んで作るものだ。
サムエルも気に入っていた物だった。
立ち話的に商品開発の案を話してみたら
店主は乗り気になり量産し始めたのである。
「まあ、ご丁寧に、ありがとうございます。
私は受付係に任命されましたルイーゼ・アルマンと申します。
よろしくお願い申し上げます。」
ルイーゼはユーリよりは少しお姉さんに見える。
肩の上くらいまで切り揃えられたさっぱりとした金髪の髪
お上品で、爽やかで快活な雰囲気の女性であった。
ルイーゼは受付の向こう側から出てきた。
「小羽屋と言いますと、サムエル様のところのお宿ですね。
サムエル様って面白い方ですわよね。」
ふふふっと笑っている。
「そう、ですね、いつも驚いています。」
ユーリもつられてハハハと笑う。
「サムエル様はよくここに立ち寄って
その宿屋番付をご覧になってます。
これは貴方が発案したと教えてくれましたよ。
素晴らしいですね。
お客様にも分かりやすいと好評ですし
参画のお宿も増えてまいりました。」
ルイーゼが案内してくれる。
よく辺りを見渡せば受付のすぐ隣に
”イーシュトライン宿屋番付"
と大きく書かれた掲示板があった。
しかもよく見れば
最初5箇所の宿屋が参加したと聞いていたが
どう見ても掲示板には10以上の宿屋の名前が見える。
範囲が
リトルウィング村のみから
イーシュトライン全体になっていた。
非常に好ましいことだ。
小羽屋の広告はすぐに見つかった。
地方訳してあるうちの"ルミナス"と言う括りの中にあるのだ。
宿屋の名前の下には
ランクを示す星が付けられている。
恐らく魔法で細工がしてあり自動で表示される様になっている。
5点満点中4.8となっていた。
他の掲載されている宿屋の中でも高得点であった。
ユーリはまた誇らしげな気持ちになる。
「ちょっと宜しいかな?」
観光組合の方に来訪者があった様だ。
「はい、只今!ユーリエさん、少々お待ちくださいね。」
ルイーゼは新たな来訪客の案内を始めた。
ユーリは書いてあるお客様の感想を読みはじめた。
"星5 結界が強固なので安心。"
"星5 温泉が最高。"
"星5 朝食がおいしかった。また行きたい"
大概が好意的な内容ばかりであった。
悪い評価も見てみよう。
"星3 髪が落ちていた"
・・・以前サムエルが言っていたな。
"星3 虫がいた"
・・・言ってくれれば退治するのに。
"星4 とても良かった!"
・・・マイナス1の理由を知りたい!
"星5 支配人さんがとても素敵な方でした。また会いに行きたい。"
こう思ってくれている方もいらっしゃるのか。
ユーリはほっこりと誇らしい気持ちになる。
帰ったら皆にも教えてあげよう。
受付の方を見るとルイーゼが、中年男性相手に
にこやかに対応しているのが見えた。
二人のやりとりを遠目に見るだけだったが
とても良い受付係の方だと言うことはユーリにも分かった。
中年男性が「ありがとう!」と言って
ルイーゼに手を振って去っていく。
ユーリもそれを見計らってルイーゼに声をかける。
「ありがとうございました。
宿屋番付も初めて見る事ができて
私もとても安心しました。
これからもよろしくお願い申し上げます。」
ユーリは頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願い申し上げます。
私実はずっと冒険者ギルドで受付をしていたのですが・・・」
ユーリに顔を近づけコソコソと小声で話し始めた。
「冒険者様って、その、荒くて怖くて
ずっと辞めたい、辞めたいって思ってて・・・
この観光組合ができる時に
真っ先にここの受付係に志願したんです。
ですから、個人的にも
ユーリエさんとサムエル様には
本当に感謝しています。」
ルイーゼはユーリを見てニコッと笑った。
「それは・・・その、良かった、です。」
ユーリは思いがけないルイーゼの発言に戸惑いを隠せなかった。
どういたしまして、とも言えない。
「今日お会いできて本当によかったです。
またいつでもいらっしゃってくださいね。」
ルイーゼはユーリの手を取って握手をした。




