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67. 長靴を履いた猫

ユーリは人喰い鬼(オーガ)を初めて目の当たりにした。

いかにも恐ろしげな姿をしている。


ユーリはしばし呆然と突然に現れたオーガを見る。


そしてそのオーガは

見覚えのある服を身につけていた。


・・・ユーリがこの日のために新調した部屋着では無いか。


ユーリは、一瞬の間に

色々な思考が巡るのがわかった。


新調した部屋着は

案の定、サイズピッタリである。


そして、本日、チェックインされた皆様の中に

こう言う方がいらっしゃったかどうか。


思い返してみたが

答えは、当然に否である。


しかし、実際にここに初めてお目にかかる方がいる。


いや、待て、よく考えれば今までの方がおかしかった。


何しろ、オーガだと聞いていたのだ。


本日目の当たりにした皆様は

少々身長の高く、体格の良い、人間。

と言った体であった。


そうだ、オーガと言ったら

今まさに目の前にいる方の様な風貌が

普通なのでは無いのか。


ユーリは一旦この事態を受け入れることとし


なるべく失礼にならない様に

目の前のオーガに接することにした。


しかし、ここは先にこのオーガの方が発言した。


「すみません、水が欲しいのですが。」


「え?水?」


「はい、いただけないかと。」


ユーリの困惑した顔を察してか

オーガは慌てて説明し始めた。


「あ、申し訳ない。私はザラストルです。

我々は普段、人の姿をする様にしているので・・・

驚かせてしまいましたね。

本来オーガにとって

見た目はそこまで重要では無いのだが。

気が緩むとこの様な

あなた方に威圧感を与える姿になってしまうのだ。

許してくれ。」

ザラストル様は頭を下げた。


言われてみれば、このお声

先程聞いた時よりはややダミが入っているが

ザラストル閣下のそれだとわかる。

話し方も、所作も

先ほどお話ししたザラストル閣下のものだ。


ユーリは慌てた。


「いえ、無知で申し訳ありません。

大変失礼致しました。

私自身、オーガの方とお会いするのが今回初めてで。

皆様のことを何も知りませんでした。

ですが、今回のことは素晴らしい出会いです。

色々とお勉強させていただきたいです。」

ユーリはお辞儀しながら喋る。


ザラストル閣下は笑っていた。

にこやかなのだろうが、顔の厳つさは

申し訳ないが、拭えない。


「いやいや、こちらこそ

驚かせてしまい、すまなかった。

それより気になっていたんだけど

この結界はあなたが張っているのですか?」


「はい、皆様をお守りするために。

一応何が起こるか分かりませんし

皆様にはご心配なくお寛ぎいただきたかったので。」


・・・嘘では無い。

が、もう一つの理由

オーガの皆様の脱走防止のためとは絶対に言えない。

この結界が時空遮絶の結界であることも

言わない方が良さそうだ。


「いやいや、素晴らしい。

こんなにも安心な結界は初めてです。

直ぐに外部から攻めらることが無いと

分かりました。

支配人は強力な術者とお見受けする。」


「いえ、私は一塊の魔法使いです。

今後もスタッフ一同警戒に努めますので

どうぞご安心してお過ごしください。

今お水をお持ちしますね。」

軽く頭を下げる。


・・・これは、諸々バレてるな。

しかし、ユーリはその部分をあえて無視した。


お盆に水差しとコップを用意して

お持ちした。


「ありがとう、ところで貴方は

サムエル殿のお連れ合いの方かな?」


その話か。


「いえ、サムエル・・・様は

こちらの宿に投資していただいて

経営のアドバイス等いただいています。」


正直に答えるしかない。


「ほうほう、それは素晴らしい。

サムエル様も素敵なご投資先をお見つけになった。」


ザラストル様は、お水を持って帰る気配がない。

明日の朝ここをご出発されるのだから

早めにお休みになった方がいいと思うのだが・・・


ユーリの心配をよそにザラストル様は話し続ける。

「ところで、支配人貴方は・・・」


ザラストル様は少々言うことを躊躇している様だった。




「このお仕事は楽しいですかな?」




・・・ユーリが予想していたなっかった質問だった。


「ああ、申し訳ない。

大変そうなお仕事だとお見受けしましたので。

お若そうに見えますし。」


ザラストル閣下は慌てて付け加える。

更に心配そうな顔をしていた。


ユーリは返答に心底困ってしまった。


そもそも

楽しいから仕事をする

楽しく無いからしない


その発想がユーリにはそもそも無いものだった。


しかし、何やら

胸に鋭く、突き刺さる言葉であった。


・・・何とかここは模範解答をせねばなるまい。


「・・・私は・・・」


「就寝時間ですぜ?ザラストル・・・閣下。」


ザラストル閣下とユーリの問答をを突き破る

渋く低い声が聞こえて来た。


ザラストルとユーリは声のする廊下を見やった。


廊下の奥にはポツンと猫が

立っている。


ハチである。


一瞬ザラストル閣下の空気がピリっとした気がしたのだが

すぐに元のにこやかな顔に戻った。


「ここには優秀なケットシーのドアマンがいるのですね。」

穏やかな声だった。


「ケットシーコーヒーはいかがでしたかい?」

ハチはツカツカと歩み寄り尋ねた。

尻尾がブラシのように毛羽立っている。


「ケットシーに、コーヒーが摘めるなんて。

初めて知りましたよ。」


心なしか言葉に棘があるのを感じる。

ザラストル閣下はハッとし

慌ててユーリにフォローする。


「ああ、支配人、もちろん美味しかったです。

我々はそもそもコーヒーをあまり嗜まないのですが

とても気に入りました。

支配人はコーヒーを淹れるのがとてもお上手だ。」


以前何かハチが言っていたような。

ケットシーとオーガは相性が悪いのかもしれない。


「あれは手で摘んでるんじゃねぇんだがな。」


ユーリはそこまで聞いた所で

ハチをサッと抱き上げ

一緒に、強制的に、頭を下げた。


「ザラストル閣下、申し訳ございません。

こちら、ケットシーになって日も浅く

接客業が始めてなもので。

お詫び申し上げます。申し訳ございません!!」


こんなことで停戦合意が破綻になってみよう

私は、何世紀後も全種族に恨まれる。

ましてやオーガの高官に

高級だとはいえ

猫のう○こコーヒーを飲ませたせいで

だなんて・・・!!


ザラストル閣下は見兼ねてニコニコとした笑顔に戻る。

「そんなお気になさらないでください!

ちょっとした戯言です。

こんな快適で、食事も美味しい!

温泉はオーガは特に好むのですよ!

何より、素晴らしい支配人のおもてなしを受けられる

ここのお客様は皆幸せだ。」


ザラストル閣下はユーリの様子を見てフォローしてくれた。


そして、今度はハチに尋ねた。


「君は何の功績でケットシーになった?

しかも長靴(ブーツ)を履いているね。

名と功績を教えてくれ。」


ハチはポイっと、ユーリの腹を蹴って

床へ飛び降りる。


「サルーテのハブヒドラを単身で倒し・・・ました。

名前は八時半・・・と申します。」

軽く会釈をする。

お客様にタメ口は絶対ダメ!

というユーリの教えを守ろうと

ハチは頑張ってくれている。


・・・が、ここでユーリは気まずくなり

サッと目を逸らした。

この子がケットシーになるって知ってたら

もっとかっこいい名前を・・・

いつもの後悔だ。


「ほう、先にサルーテに出現したハブヒドラをね。

それは素晴らしい。

奴らは我々にとっても脅威であった。

オーガも何名かやられたと聞いている。

八時半・・・?殿?」


「ハチと呼ばれてい・・・ます。

ユ・・・支配人から命名いただきました。

長靴と手袋はサムエル・・・様から。」


やめてくれ。

ユーリは恥ずかしくなり下を向く。


ザラストルはハチの話を神妙に聞いていたが

一通りの話を聞き終えると

また、快活に笑い始めた。


「なるほど!ハチ殿!

それは素晴らしい功績と命名でしたな!

あっぱれです。」


ザラストル閣下は

今度はユーリに話しかける。


「支配人は、お客様に対して常に真っ直ぐな上に

非常に人望の厚いお方の様だ。

本当に素晴らしい宿をご紹介いただいたよ。」


そう言うとザラストル様の手が

ユーリの頬に触れた。


ユーリは一瞬、ザラストルの手の大きさに驚いた。

その手はユーリの頭を捩じ切れるほどもあり

見ただけでもわかる分厚い皮膚と爪であった。


しかし、その爪は丸く整えてあるし

極めて優しげな触り方であった。


そしてユーリの艶のある長い黒髪に

さらっと触れた。


頭を上げ下げした際に髪が乱れたらしい。

変な方向に出た髪を

耳の元の位置に戻したのだ。


目の前のオーガ、ザラストル閣下は

優しげな包容力のある笑みを湛えている。

顔が厳ついのはもう慣れてきた。


・・・これは、オーガ流の挨拶なのか?

人間もキスが挨拶な文化圏だってあるくらいだし。


判断をしかねているユーリを他所に

ザラストル閣下は

水差しとコップが乗ったお盆を持つと

それでは、おやすみなさい。

と一言。

自室へと戻って行った。


ハチはそれも

最後までじっと見つめていた。


ドアがバタン、と閉まったのを確認すると

ハチはフーっとため息をつくと

尻尾は元の細さに戻った。


「おいユーリ、お前

あいつに目をつけられたぜ。」

呆れたように言う。


「どゆこと?」


ユーリの身に覚えはなかった。


「・・・お前なぁ。

まあいい、とにかくあの野郎には気をつけろよ。

俺が来なかったら

あのままお前を誑かしてたと思うぜ。」


「誑・・・?それは無いでしょ。

今初めてまともに話したんですけど。」


ユーリはハチを見つめる。

ハチは後ろ足で髭の生え際を

カカカッとかいた。


「・・・たく、オーガに褒められても

嬉しくもなんともねぇ。」

とブツブツ言っていた。


ケットシー

功績と命名

あの長靴と手袋。


文化は本当に様々だ。


時刻はこの時点で午後2時

決壊解除の時間まであと7時間であった。

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