61. 時空遮絶結界
例のオーガの使節団警備体制は大方形が整った。
しかしながらユーリはまだ仕事が終わった訳ではない。
ささやかな、酒宴の準備は勿論ユーリにとって大仕事であるし
作戦の要、時空遮絶結界の作成
これらをせねばなるまい。
今日は、使節団ご一行がいらっしゃる丁度一週間前。
サムエルから知らせがあったので
身構えていた。
ユーリの恩師である
カミーユ・マリーン先生が来る日であった。
マリーン先生は
人間王国、内外でもその魔法陣の研究者として
非常に高名な先生であった。
ユーリは、魔法学校時代
入学当初からマリーン先生のゼミナールに入りたいと
ずっと思っていたのだが
本当に入れるなどとは、思っても見なかった。
あまりにも人気だったので
抽選と選考があったのだ。
ユーリは、最初の抽選の篩には引っかかったのだが
面接でなぜユーリが選ばれたのかが
自分でも未だによく分からなかった。
ゼミの先輩多数と、マリーン先生本人
対、ユーリ1人
と言う他勢に無勢の面接であったのを記憶している。
ゼミの先輩達には、難しい専門的で学術的な質問をたくさんされて
ほとんど答えられなかったのを覚えている。
そして、マリーン先生と話したことといえば
釣りと音楽の話であった。
先輩方からの怖い質問でこってり絞られた後
いきなり先生から「趣味は何ですか?」
と話題が振られたので
ポカンとしつつその2点を答えたのだ。
これが、思いの外マリーン先生のツボに引っ掛かったらしく
その話で盛り上がり
マリーン先生も釣りが好きで
横笛を嗜むとかで
ユーリも面接を忘れつい、楽しく話してしまったのだ・・・
まさか、そんな面接で受かるなんて
思ってもいなかった。
そんなこんなで、在学中は
ゼミナールで楽しく魔法陣について学んだ。
そんなマリーン先生と久しぶりに会えるので
ユーリは久しぶりにワクワクとしていた。
時間になると小羽屋の入り口前に
ザイカの運転する高速馬車が停まった。
マリーン先生が降りてくる。
サムエルクラウド様が現れた。
イーシュトライン侯爵側近も・・・
・・・まあ、そりゃそうだよなと
今回の訪問の認識を改め直した。
「マリーン先生、ご無沙汰をしています。
この間の、魔法陣の件
ありがとうございました。」
ユーリは深々と頭を下げた。
マリーン先生は相変わらず
真っ白な頭と、短い口髭
片眼鏡をかけている。
笑い皺が魅力的な
柔らかい笑顔を称えたおじいちゃんであった。
魔法の杖はステッキの様な形をしている。
「ユーリエ君、久しぶりだね。
リトルウィングで会う事になるなんてね。
私の出身はリーブラックポートなんだよ。
言ったことがあったかな?」
「・・・!」
そういえば聞いたかもしれない。
リーブラックポートは
ここから一番近い大きな港町である。
何というご縁であろうか。
マリーン先生は空を見やって続ける。
「ほうほう、魔除の大結界か。
君がやったのかい?いい魔法陣だ。
よくできているね。
拠り手の見立ても最高だ。
さすが私のゼミ生だね。」
マリーン先生はホッホッホと笑う。
イーシュトライン侯爵側近は何やらハッとしていた。
「拠り手は、こちらのサムエル・ロビンズ様が
選んでくださいました。」
一応立てねばなるまい。
「・・・そう、でしたか。
いやいや、これはこれは
お目が高くいらっしゃる。」
マリーン先生は何やら反応に困っていた。
サムエルは、どうも
と一言だけ発言した。
「それよりだ、例の、IH魔法陣はどうなった?」
マリーン先生は目をキラキラさせてユーリに問う。
例の簡易釜戸のことであろう。
あれはIH魔法陣と言うのか。
「はい!お陰様で!
先生のおっしゃってた通り、火の通らない鍋が何個かありました。
私の研究によると、鍋の原料のほかに
鍋底の形状にも条件があるらしくて・・・」
おホン、と
イーシュトライン侯爵側近が一括する。
しまった、本題に移らねば。
「あ・・・今回は、先生
お話に聞いていらっしゃると思いますが
時空遮絶結界をこの宿の周りに貼りたいのです。
先んだって魔法陣は書いてあるのですが
今回のケースがケースですので
先生に監修していただきたくて・・・」
マリーン先生は先ほどまでの無邪気な顔を
スッと引っ込めて
改めて、先生の顔になった。
「ユーリエ君
その結界を日常生活で使う者なんか殆どいないよ。
しかもこんなに大きな建物に。
時空遮絶結界は文字通り結界の中を
隔絶された空間、つまりは異次元にするんだ。
外部から内部へ、内部から外への干渉が全く出来なくなる。
中で生き物が暮らす前提の物では無いし
時間の流れさえも止まる。
魔力の消費も激しい。
君にとっても危険だ。
私もこれは教えたと思ったけどね。
どうして、これを使おうと思ったんだい?
物理結界ではいけないのかい?」
ユーリは、この宿で害虫騒ぎがあった時思い知ったこと。
魔除の大結界を持ってしても
ゴキブリ、蜘蛛、ニオイムカデ・・・猫も
これらの生物は侵入することができる。
中の生態系維持のために必要な因子として
認識されるらしい。
万が一、クラウド様の様なナメクジも使役出来る
ビーストテイマーが敵にいたら危険である。
虫を一匹たりとも小羽屋の建物内に入れまいと
本気でこの時空遮絶結界を張ろうと考え
準備だけはしていたのである。
もちろん、先生の言う通り鉄の幕を張る様な
対物理結界も試してはみた。
しかしながら、この結界は魔力物質量が物をいう産物だ。
ユーリの魔力量で、この規模のものを貼るには
脆い物しか出来なかった。
おそらくオーガの力の前では
彼らが魔法を使うまでも無く
ワンパンで粉々にされてしまうだろう。
対してこの時空遮絶結界は
魔力量というよりは、小細工だ。
それはオーガより魔力量の少ない
ユーリにも可能なことであると判断したのだった。
そしてもちろん、この時空遮絶結界の中で人が生きていける様に
ユーリなりに工夫を凝らしてみたのだ。
その話をマリーン先生にする。
マリーン先生はしっかりと話を聞いてくれていたが
イーシュトライン側近はポカンとしていたし
クラウド様はちょっと笑っていた。
「なるほどな!それであの時サムは
必死に防虫魔法を探し回ってたのか!」
もうクラウド様は結構笑っていた。
サムエルは
「うるさい!死活問題だったんだよ!
下手したら、この子
本当にやりそうだったんだ!」
とクラウドを蹴っていた。
「結局のところ、サムエル様のおかげで
殺虫魔法と防虫魔法を施せましたので
それはことなきを得ましたが
今回は、これに役立てたいと思います。
よろしくお願い申し上げます。」
外野はとにかくうるさいが
ユーリはマリーン先生に頭を下げた。
マリーン先生はホッホッホと笑って
「この魔除の大結界なら
テイムされた虫は弾くはずだがね・・・
でも、発想はとても面白い。
まずはその魔法陣を見せてもらいましょうかね。」
と言い、サッサと外に出て行った。
小羽屋の敷地全体を覆う魔除の大結界
その内側、建物を縁取るように描かれた
時空遮絶結界。
この結界の内と外とでは別の世界であり、干渉ができない。
しかし、ユーリは魔法陣に中の時間が止まらないよう
条件を付け足した。
さもないと・・・
中の人は動けないし
動いたところで
粒子レベルのミンチと化す。
また、空気穴を
結界の上部を切り取っり
網目状になる様に設けた。
その直ぐ下に、地上とは切り離した足場を作ってある。
ここは、そうそう登れるところではない。
登れるとすれば、猫。
ケットシーのハチのみである。
ハチと相談しながら描いたのである。
マリーン先生は時間をかけて
これの全容を見て回っていた。
魔法陣を何十周しただろうか。
その場の皆は、フィヨナお婆ちゃんの差し入れを時々口にしながら
見守っていた。
漸くマリーン先生は、口を開いた。
「これだとお客様が誰も入れないから
オーガの使節団が全員入ってから
この結界を張る必要があるね。」
「そのつもりです!お帰りの頃また解除します!」
「でも、この時空遮絶結界を張るには相当の魔力を使う。
3時間に一回は貼り直す必要もある。
しかも君は結界を張る度に魔力がゼロになるが・・・?」
「これを使います!」
ユーリはニヤリと、あるものを差し出した。
”魔力全回復ポーション”
10個も揃えてある。
これを飲めば消費した魔力も
元通りである。
この費用はサムエル持ちだということだった。
マリーン先生は
目をぱっと開くと
また、ホッホッホと笑った。
「若い子には敵いませんな。
最近は便利なものが多い。
魔法陣は添削しましょう。
魔法の消費量が少なくなるはずです。」
そう言うと、マリーン先生は
魔法陣を手直しし始めた。
上部の網目上の空気孔と時間が流れる条件は
結界を弱めてしまうので却下。
時空遮絶結界中にバイオドーム作る魔法陣を描いてくれた。
非常に複雑で難解な魔法陣であったが
マリーン先生はスラスラと楽しそうに描いている。
これでこのドームの中には
外の世界と似て非なる世界が誕生し
人も問題無く生活ができる様になる。
あまりに画期的でユーリも目を見張る思いであった。
ハチは、いつも通り結界の外をパトロールをするだけでいいのであるし
ユーリも結界の貼り直しを15時間に一回・・・
今回は1泊分だけで済みそうである。
改めてこのマリーン先生の凄さを思い知ったユーリであった。
「マリーン先生、この場合、中の時間はどうなりますか?」
ユーリはハタと気がついた。
マリーン先生はニヤッとイタズラっぽい笑顔を見せる。
「何、15時間くらい歳を取らなくても
何の支障もないさ。」
それもそうですね!ハハハ!と
ユーリとマリーン先生が
この結界の作成に一通り盛り上がっている
最中
イーシュトライン侯爵側近、クラウド様、サムエルは
自然の摂理が変わりそうな発明を
目の当たりにしている様な気がしていたのか
皆驚くやらついていけないやら心配やら
様々な感情を抱いていたと思われるが
事態が事態であったので
敢えて誰もそれには突っ込まなかった。
もちろん、ユーリとマリーン先生は
周りの者の様子など気にも留めていなかった。




